澤村先輩を困惑させてしまった


青春を謳歌する高校生にとって、夏休みは酷く短い。
そのほとんどを部活に費やしている高校生にいたっては、光陰矢のごとしってやつなんだろう。
夏休み終了まで残り数日―――

嵐は、突然訪れた。

風が通るように開け放たれた扉が、突然ガンガン!と叩かれる。
その音に驚いて振り向いた全員の目に、その男はニヤリと笑ってみせた。


「よう!烏野排球部のガキども!」

「「「(誰!?)」」」


その場にいた、ほぼ全員の思考だろう。
もしかしたら何人かはこの前の春高一次予選のとき観戦に来ていた人だと気付いたかもしれないけど、今回はそれ以上に重要な情報が一気に出揃った。


「あ、赤井沢さん!?」

「おいちゃん・・・!?」

「大野君のおじさん・・・!?」

「「「えっ!?」」」


ちょっと待て。整理させてくれ。
あの人の名前は赤井沢さん。なるほど。
烏養コーチと知り合いみたいだけど、それは春高一次予選のときに声を掛けていたからわかっていた。
あの人は大野がよく話してくれた、バレーの師匠である“おいちゃん”。そうなのか。
確かに体格はいいし、運動していそうな筋肉のつき方だ。
あの人は大野のおじさん・・・!?ちょっと待ってくれ!
似てないにもほどがあるだろ!外見も性格も!!
横目で大野を確認してみれば、案の定目が泳ぎまくっている。
多分、色々考えてパニックになってるんだろうなぁ・・・。

そこまで呆然と考えて、はっと我に返る。
いかん、俺まで呆けてたら駄目だろう。
慌てて対応しようとその人・・・赤井沢さんの下へ駆け寄る。
途中影山が「おいちゃん・・・!?えっ、おい、ちゃん・・・!?」と驚いたように呟いていたのが気になったけど、スガが「か、影山?どうした?」と聞いていたから任せて大丈夫だろう。
コーチも「各自アップ続けろ!」と指示を出して赤井沢さんに近づいていっていて、なんだろう、と思いながら駆け寄っていたのに。


「バカヤロウオメーじゃねーよ!全員だ全員!」

「・・・は?」

「お前等全員バス乗れ!」

「・・・はぁ!?」

「海行くぜー!!!」

「っはぁあ!?」


ビシィ!と親指で指された先に見える、小型のバス。
この人・・・本気だ!!


「ちょっ、赤井沢さん何言って・・・!これから練習!」

「細けぇこと気にすんな!水着は俺のを貸してやるよ!」

「「「今すぐ取りに行ってきます!!」」」


恐ろしいことを言われて、思わず全員でそう返してしまった。
し、しまった・・・つい行く方向で返事を・・・


「あぁん?・・・っち、なら30分で全員帰って来い!」

「おおおれそんな早く帰ってこれないです・・・!」

「ていうか、水着持ってないです」

「だから俺の水着貸してやるっつってんだろ?」

「「・・・コーチ、お金貸してもらっていいですか」」

「・・・お、おう・・・」


90度に腰を曲げてコーチに頭を下げる様子は、必死以外の何者でもない。
ここから一番近いスポーツショップなら走って行って帰ってこれば20分程度だし、水着を選ぶ時間もあるだろう。
問題は、片道20分近くかかる家に水着がある奴らだ。
どうするんだ、そもそも本当に海に行くのか、何の準備もないのに?てか練習は?
あちこちで交わされるアイコンタクトは、コーチの諦めたような表情とため息、それから赤井沢さんの怒号によって蜘蛛の子のように散らされた。


「グズグズすんな!30分以内だ!」










「なんなの一体・・・君のおじさんってなんなの?」

「ご・・・ご、ごっ・・・ごっ、ごめ・・・っ!」


月島がそう言うのも正直無理ないと思う。
漂うピリピリした雰囲気をものともせず、鼻歌交じりにバスを運転する赤井沢さんは正直ちょっとどうしたらいいのかわからない。
なんなんだ、一体・・・。何で俺達海に連れて行かれるんだ?
練習はどうなったんだ。何で烏養コーチは黙って付いてきてるんだ?
そんな疑問は練習ができなくてピリピリした空気の中では言い出すこともできず、助手席に座っているコーチにこっそりと聞きに行っても、「まぁ多分、行きゃわかる」と相変わらず諦めたような返事。
この人なんなんだ?と月島のことを咎められない思考が脳を占めてくる。
大野の叔父さんってことはわかったけど、烏養コーチの先輩か何かなんだろうか?
昔の体育会系さながらに、先輩に言われたら逆らえないとか・・・
モヤモヤと嫌な想像力が掻き立てられてきたところで、不意に運転席から「オゥ、着いたぜ!」と声がかかった。
声に反応するように外を見て、青い海と白い砂浜を目に入れて。
そこに見慣れたネットが張ってあるのを見て、そこでようやくはっとなった。


「オメーらバスで体固まってんだ!さっきアップしたからって柔軟さぼんなよ!!」


ポイポイッとバスから放り出されて、未だ呆然とする部員たちに追い討ちをかけるようにさらに何かが飛んでくる。
慌てて受け止めれば、それはキンキンに冷えたスポドリとそれを包むフェイスタオルだった。
やっぱり・・・この人、この砂浜で俺達にバレーさせる気だ!


「炎天下は日差しがきついからな!ドジョウ掬いする人みてぇに被っとけよ!」

「ど、ドジョウ掬い・・・」


ぱっと思い浮かばなかったイメージにジェネレーションギャップを感じながら、とりあえずバンダナ代わりに頭に巻く。
他の皆も戸惑いながら頭に巻き始めて、割と皆似合ってるのが少し笑えた。
砂浜は普通の地面と違って踏ん張りが利かないから、足腰への負担が結構すごいって話を聞いたことがある。
波打ち際を走るのは海水に足を取られるから、普通の道の何倍も重いって・・・何の漫画で見たんだっけ?


「コートのでかさは大体だ。ホームランじゃなけりゃ全部取れ!負けたほうはあそこまで遠泳だぞ!」


ビシッと指差された先を振り返れば、無理じゃないけど往復と考えるとそれなりの距離にある灯台。
なんか、本当に漫画みたいな特訓方法だな・・・。
烏養コーチはこうなるって知ってたのか?と赤井沢さんの後ろで疲れきった表情をしているコーチを見れば、コーチはビーチバレーのコートとネット、灯台、それから俺達をぐるりと見渡して。
あからさまに、ってほどではないけど、分かりやすくはぁ、とため息をついた。


「・・・まぁ、足腰の強化には繋がるからな。足裏の怪我だけは気をつけろよ」


あ、これ知らされてなかったパターンだ。
でも多分、これまで何回も同じような目に遭ってきたパターンだ。
振り回される烏養コーチを気の毒に思いながら、渡されたバトンに覚悟を決めて皆のほうを振り返る。
若干「本当にやるの?」という感情が見え隠れする目に、「あー・・・」とタオルの上から頭を掻いた。


「・・・えーと、何か変なことになったけど・・・まぁこれもいい機会だと思って」

「そうだなぁ・・・まあ、いつもより下半身強化の練習なんだと思ってやるべ」


スガのフォローにそれぞれが各々納得したような表情を見せて、普段アップをとる位置に広がっていく。
本当に変なことになったなぁ、と思いながらも、影山を筆頭に乗り気なやつらも多いみたいだし。
これはこれである意味いい夏の思い出になるのかな、と思いながら、「屈伸!」と声を張り上げた。


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