日向vs太陽


「おぶっ!?」

「日向ー!?」


飛んできたボールを獲ろうと一歩前に踏み出したら、思いっきり足を滑らせた。
口の中にじゃりっとした感覚が入ってきて、慌てて顔を上げて砂を叩く。


「べっべっ!砂食べた・・・!」

「だっ、大丈夫・・・!?」

「ちょっと、そこらへんに吐き出さないでよ」

「月島お前大野の優しさ少しは見習え!!」


塩辛い砂を何とか口の中から追い出して、露骨に嫌そうな顔をする月島に怒る。
ゲリラ豪雨みたいに始まった砂浜での練習は、思った以上に過酷だった。
遮るものがないから直射日光がジリジリと肌を焦がしていくし、そんな太陽に熱せられた砂のせいで足の裏まで火傷しそうになる。
普段よりずっと重く感じる足に、本当にこんなのが足腰の強化に繋がるのか?と小さく首を捻った。
ただ走りにくいだけな気、するけどなぁ。


「踏ん張りが利かないからやりにくいな」

「思った以上に沈むよコレ」


向かいのコートでも先輩たちが砂を踏みしめながら相談してて、完全にこけたところを見られたことに少し恥ずかしくなりながら立ち上がる。
くっそ〜、今度こそ完璧に拾ってやる!
「もう一本!」とサーブを呼んで、近くに転がっていたボールを向かいのコートにパスする。
ろくにバウンドもせず砂に埋もれて止まったボールを拾ったのは、大野だった。
おぉ・・・あ、相手に不足なしってやつだ!
大体エンドラインがあるくらいの位置まで小走りで向かった大野が振り返って、静かにボールをくるりと回す。
声のない、大野のサーブだ。


「さっこォーい!!」


最近ちょっと、わかったことがある。
大野の「いきます」って声、もしかして「決めるぞ」って意味なんじゃないかなと思うんだ。
山口が前に聞いて、答えてくれなかったって言ってたけど・・・
多分、間違ってない。
案の定大野は、ジャンプをしない普通のサーブを打ってきて。
ラインが無いからコーナーを狙うこともできない大野が狙えるところなんて、必然的に絞られてきて。
おれに向かって揺れながら飛んできたサーブは、けれどおれが普通に上げられる程度のボールだった。
「決めるぞ」って言わないサーブは、大野がサービスエースを獲るつもりのない、手を抜いたサーブだ。
・・・なんで今それを打つんだよ。もっと本気で打てよ!


「持って来ぉい!!」

「・・・!」


お返しのつもりで影山にトスを呼んだ。
大野に打って、それから文句を言うつもりだった。

なのに。

助走をつけて身体を深く沈みこませる。
ぐっと太ももに力を込めて、頂の景色を思い浮かべて飛び上がる。

なのに!

全力で飛び上がったはずの身体は、ネットからようやく肘が出るくらいの高さまでしか持ち上がらなくて。
いつもと同じように上がった影山のトスは、おれの遥か上空を勢いよく通過していった。
・・・アレ?え?何で?


「・・・飛べないチビとか、」


あまりの出来事に呆然とするおれと影山に、月島がプッと噴出しながら呟く。
はっとなって向こうに飛んでいったボールを慌てて追えば、同じく我に返った影山の「日向このボゲェ!」が頭にゴンとぶつかってきた。


「しっかり飛べよ!いつもみたいに!」

「う、うるさいな!おれだって飛ぼうとしたんだけど・・・!あっそうだ!大野、お前も本気で打てよ!!」

「ぅっえ・・・っ」

「ちゃんと“いきます”ってやつ!」

「うっ・・・う、うぅ・・・!」


自分が思うように飛べなかったのもショックだったけど、やっぱり大野に手を抜かれるのも許せない!
足元やらコーチのほうやら、なんかすげーキョロキョロしてたけど、大野はガックリと諦めたように肩を落とした。
なんでそんな反応なのか分からなくて少し首をかしげたけど、ボールを受け取った大野がエンドラインに立ったことでそれも切り替わる。
次はいつも通りの高さまで飛んでやる!と意気込んで腰を落とした。


「い・・・いきます・・・!」


今度こそ、本気のジャンプサーブ。
来い!と身体に力を込めた。
大野の本気のサーブは、上に上げるだけで精一杯のボール・・・の、はずなんだけど・・・
大野・・・今、着地してから打たなかった?
ベシンと微妙な音を立てて飛んできた微妙な球は、こっちのコートに届いたのがすごいぐらいのへろへろ球で、目が点になりながらもきっちりセッターに返す。
影山は今度は田中さんに上げて、やっぱり飛びにくそうな感じだったんだけどなんとか攻撃の形になったそれは、向こうの砂浜に突き刺さった。
うおぉ・・・!ボールがバウンドしてない・・・!


「うおー・・・ヤベェな、全然飛べねえ」

「!やっぱりそうですか!?」

「おお、普段の半分ぐらいじゃねえか?」


半分・・・。確かにそれぐらいかもしれない。
けどそれでも田中さんは攻撃することができて、おれは攻撃することもできない高さまで落ちてしまった。
おれは、飛べないと勝負することもできないのに・・・!
ぐっと拳を握り締めていると、「けどよぉ、」と田中さんが驚いたように声を出した。


「やっぱサーブも影響あるんだな。大野のあんなサーブそうそう見ねえぞ」

「当然だろ。サーブも、しっかり踏み切らねえと大した球打てねぇよ」

「っ!」


・・・そういえば、叔父さんだって言ってたっけ。
普通に参加してきた低い声にビクリと肩を跳ねさせた大野はなんか怯えてて、一体どんな人なんだろうって改めてちょっと気になった。
結局何も知らされずに浜辺でバレーさせられてるだけだもんなー。
一言で注目を集めた赤井沢?さんは、皆が砂浜の動きにくさを感じていることを確認するようにぐるりと見渡す。


「ここで普段どおり飛ぼうとしろ!」


そして言われた言葉に、場の空気がざわりと沸き立ったのを感じた。
ここでって・・・ここで!?


「そんな無茶な・・・」


皆の心を代弁した旭さんの声が、小さく広がる。
だって、普段の半分だ。
それを普段どおりに飛ぼうとすれば、普段の倍の力を発揮しなくちゃならない。
普段だって全力で飛んでるのに、と“無茶”の言葉が頭を占めたとき・・・赤井沢さんが、ニヤリと笑みを浮かべたのが見えた。


「その無茶が、お前らのジャンプの最高到達点を上げるんだよ」

「・・・え?」

「普段より明確な“高さ”への意識だ。“ここまで飛びたい”って筋肉に負荷をかけるから、それに応えようと筋肉が発達する。体育館に戻ったらすげえぜ?」


得意げにそこまで言うと、クルリと視線を西谷先輩に向ける。


「勿論レシーブもだ。足運び・踏ん張り・瞬発力!ここで“普段どおり”ができたら、体育館でのお前らは」


ふと言葉を止めて、ビシッ!と指を指して。


「“今まで以上”、だぜ?」


誰かがフッと息を吸った音が、聞こえた。
自信満々な表情。鉄砲みたいに突きつけられた人差し指。
さっきまで不満を感じてたのに・・・
か、かっこいいぃ・・・!!


「・・・だから拒否できねえんだよな・・・」


烏養コーチの半ば諦めたような、でもどこか嬉しそうな声が耳に届く。
そっか・・・こうなることがわかってたから、コーチも海に来るとき断らなかったんだ。
この、砂浜での練習。
普段の自分のイメージどおりに身体が動かないのは嫌だけど、このまま何も変わらないのはもっと嫌だ!
絶対・・・絶対!もっと飛んで、どんな高い壁とも勝負できるようになってやる!


「じゃ、じゃあペナルティのダッシュも・・・」

「あ?負けたらダッシュは当然だろ」

「(鬼だ!)」


恐る恐る縁下先輩が聞けば、投げやりな返事。
大した意味、ないってことなのかな・・・?
少し首をかしげたけど、「オラさっさと戻れ!」と怒鳴る赤井沢さんに慌てて練習に戻る。
15点マッチのそれは意外とすぐに終わって、おれの入っていたチームは15−13で何とか勝つことができた。
大野を含んだ6人が、悔しそうな顔をしてペナルティのダッシュに向かう。
ふと、赤井沢さんがそこに―――大野に話しかけたのが、風に乗って聞こえてきた。


「圭吾よぉ」

「っ!?は・・・・・・・・・はぃ・・」

「・・・お前は、昔っから足腰弱ぇんだ。・・・思いっきり筋肉痛になっちまえ」

「っ・・・!はっ、・・・はい!」


大野の嬉しそうな声に振り返ってみたけど、皆もうダッシュで灯台に向かっていてその顔は見えなかった。
・・・多分音駒の主将に鍛えられたから、今の嫌味に気付いたんだろうなぁ。
筋肉痛は、筋肉が強くなる過程だって聞いた。
“強くなれ”って、言ってもらえたんだから、嬉しいよな。
いつも以上に速く見える大野の走りに、おれも負けてらんない・・・!と闘志を燃やす。
勝っても負けても実りのある練習だけど。
やっぱり負けたくないしな!と大きくボトルを傾けた。


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