教室の一コマ


あっという間の夏休みが終わって、久しぶりの教室。
夏休みの課題がたっぷり入って重たい鞄を机に置き、前よりも賑やかに感じる教室の中を見渡す。
懐かしいなぁ。
夏休みが見事に部活一色で、なんだか涙までこみ上げてきてしまった。


「やっちゃーん!久しぶりー・・・っていきなり何泣いてんの?」

「あっ、りかちゃん!久しぶり!こ、これはその・・・えへへ・・・あれ、ちょっと焼けた?」


目元をぬぐって誤魔化すように笑って話題を探せば、友達の肌が記憶より少し健康的な色になっている気がして問い掛ける。
りかちゃんは「そうなのー」とため息をついて自分の腕を軽く摩ったから、きっともう涙のことは忘れてくれたに違いない。
まさかクラスメイトのことを忘れかけていたなんて、口が裂けても言えないデス・・・


「日焼け止めばっちり塗ったのにさ。夏の日差しは手ごわい・・・やっちゃんは白いままだね。いいなー」

「ウチは室内部活だから・・・」


それでも海に行ったりなんだりで、少しは焼けたのだけど・・・
清水先輩の水着姿、美しかったなぁ・・・

・・・隣には並べなかった・・・

「やっちーん?おーい」と友達の声が遠くに聞こえて、はっと意識を取り戻す。
その瞬間カタン、とイスが引かれた音がして、つられるようにそちらを振り返った。


「「・・・あ」」


ぱちっと目が合って、思わず出した声が被る。
気まずい空気が流れたけど、きっと同じこと考えてるんだろうなって思うと少し肩の力が抜けた。


「お、おはよう」

「お、おはよう、大野君」


鞄を机に置きながらへにゃりと笑う顔は昨日見たのと同じで、なんだか変わらないなぁなんて思う。
友達と違って、私と同じように海で焼けたかもしれない肌も、毎日見ていたから違いに気付けない。
・・・でも、今日はいつもより髪の毛が落ち着いてるな、なんてことに気付けて、嬉しいような恥ずかしいような。


「・・・なんだか変わらないね」

「そうだね、夏休み中ほぼ毎日会ってたし」


大野君も同じように感じてるんだってわかって、ちょっとほっこりする。
けれどそんな余裕は大野君が隣の席に腰を落としたことで、ほとんど吹き飛んでしまった。
そ、そういえばソウデシタ・・・!
隣の席が大野君だってこと、なんで忘れちゃってたんだろう・・・!
練習中ではボトルを渡す一瞬くらいしか近づかない距離が、隣の机だとずっとそこにある。
これは・・・私の心臓、使いすぎて寿命が早くなっちゃうんじゃないかな・・・!?


「あー大野君久しぶりー。なんか逞しくなった?」

「そ、そうかな?そんなことないと思うけど・・・」

「そんなことないって!一回り大きくなったような・・・ってなんか親戚のオバサンみたい」


自分の発言に笑うりかちゃんに、つられるように笑う大野君。
ちょっとチクンと胸が痛んで、慌てて二人を見ないように顔を伏せた。
ただ話してるだけなのに・・・
ち、近いとこういうこともあるのか・・・覚悟せねば・・・


「今日午後は休みだったよね?夏休みボケで眠いから、帰ったらクーラーで昼寝しよー」

「「え?午後も練習が・・・」」


思わず咄嗟にそう返して、大野君と声がかぶったことに思わず目を見合わせる。
そんな私たちをキョトンとした目で見たりかちゃんは、何かに気付くと困ったように頬を掻いた。


「・・・あーっと、授業の話ね?」

「「・・・あっ」」

「・・・やーだー!めっちゃ息ぴったりじゃん!」


ケラケラと笑う友達から、恥ずかしさで赤くなる顔を隠すように伏せる。
し、しまった・・・!ずっと部活中心だったから、思わず・・・!
大野君も同じだったようで、顔を手で隠しているのが見える。
ひとしきり笑うと満足したのか、りかちゃんはニヤニヤと笑みを浮かべて覗き込んできた。


「夏休み中に仲良くなれたの?やるねーやっちゃん♪」

「ファッ!?ちっ、違っ!?ずっと部活だったから、ちょっと感覚がデスネ・・・!」

「まーまー♪・・・今度詳しく聞かせてね♪」


ボソリと耳打ちして鼻歌を歌いながら去っていく友達に、「違うのに・・・」と小さく呟く。
絶対真っ赤になってるから、大野君のほうが見られない・・・!
い、今の・・・聞かれてない、よね?


「か・・・感覚戻さないとね、学校に・・・」

「う・・・そ、ソウデスネ・・・」


誤魔化すようにそう言えば、大野君は顔を隠したまま頷いて。
きっとその顔も真っ赤になってるんだろうなって、声でわかった。










一学期よりも右半身が緊張する午前中の授業を終えると、鞄の中から夏休みの課題がごっそりとなくなる。
肩の荷も下りたような気がして、少し気の抜けたため息を付いた。
HRも終わってクラスメイトがぞろぞろと帰っていくのを見送り、いそいそとお弁当を取り出す。
教室で食べて、着替えてから行けば練習が始まる頃にはおなかも落ち着いてきているはず。
今日のお弁当も卵焼きが上手にできて、徐々に上達していっているのがわかって嬉しいのです。


「っ・・・!!!」


さて、とお弁当の蓋を開けた瞬間・・・さっきの私とは逆の、引きつったような息遣いが横から聞こえてきた。
え?とそちらを見れば、大野君が鞄の中を覗きこんで顔を青くしている。
近年まれに見る青さっぷりに、一体何事が!?と慌てて身体を乗り出した。


「ど、どうしたの?」

「あ・・・え、と・・・」


まさか何かヘンなモノが入っていたとか!?
吸わない煙草とか!ネズミの死骸とか!?ちっちち血の付いたナイフとかあああっ!?


「・・・お弁当、忘れてきちゃった・・・」

「へ?・・・お、お弁当・・・?」

「・・・・・・」


コクリと神妙に頷く大野君に、我ながら壮大な勘違いだったなぁ、なんて。
で、でも確かに高校生男子にとっては重大な問題なのか・・・!と考え直す。


「こ、購買は・・・今日、開いてないか・・・」

「午前授業、だったから・・・」


午後から部活のある生徒にとっては大ダメージすぎる、購買の休業。
追い討ちを掛けるように大野君のおなかからくぅ〜・・・と物悲しい音が聞こえてきて、とたんに真っ青から真っ赤になった大野君の顔色に思わず感心してしまった。


「・・・っ・・・っ・・・!あっ、坂ノ下商店・・・!」


誤魔化すように大野君にしては大きな声でそう言って立ち上がったのに、急に動いたからか大野君のおなかはさっきよりも大きな音でその空腹度合いを主張して。


「ご、ごめん・・・聞かなかったことにして・・・」


恥ずかしそうにうなだれる大野君に、流石にこのまま「いってらっしゃい」とは言えなかった。


「えっと・・・もしよければ少しつまんでいく?」

「・・・えっ?」

「坂ノ下商店まで、時間的には走らなきゃいけないと思うし・・・だったら、少しでも何か入れておいたほうがいいのでは・・・?」


パカ、とお弁当の蓋を開ければ、詰めたときのままの中身がそこにあってちょっとほっとする。
たまに端っこに寄ってしまっていることがあるけど、それを見られるのはちょっと・・・
どうぞ、とお弁当と箸を差し出せば、大野君は「え、え、で、でも・・・」と困ったように視線を泳がせる。
でも、その中心はお弁当から逸れなくて。
追い討ちを掛けるように三度目のおなかの主張。


「・・・う・・・ご・・・・・・・・・ゴメンナサイ・・・」


いただきます、と手を合わせて箸を取り、また少し迷って。
大野君はそっと、卵焼きを拾い上げた。

パク。モグ・・・モグ、モグ


「お・・・美味しい・・・」

「アッ、ありがとうゴザイマス・・・」

「う、ううん!!ほ、ホントに・・・あっ、ありがとう・・・!美味しかった・・・!」

「いっ、イイエ!そんな!」

「うん、ご、ごめんね?お弁当減らしちゃって・・・!あの、何かお礼も一緒に、買ってくるから・・・!」


お菓子でいい?と聞く大野君に、思わず「ハイッありがとうございます!」と敬礼してしまう。
慌てて財布だけ持って「じゃあ、」と走っていってしまった大野君の背中を見送って、はぁ〜〜〜〜〜〜〜・・・と大きく息をついた。
一緒に体の力も抜けて、お弁当の横に頭を突っ伏す。

き、緊張した・・・

卵焼き、食べてくれた・・・

美味しいって、いってくれた・・・


「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」


バタバタと無意味に手足を動かして、恥ずかしさを少しでも誤魔化そうとする。
教室に誰も残ってなくてよかった。誰かに見られたら変態の烙印が私に!
少しの間バタバタと暴れて、落ち着いたところでふぅ、と顔を上げる。
私も早く食べないと、部活に遅れちゃう。
少し冷静になった頭で箸をとって、イタダキマス、と小さく呟く。
そして卵焼きの分隙間の空いたお弁当箱から、ほうれん草の煮浸しをつまみあげて・・・
ふと、これがさっき大野君に使われたものだということを思い出した。
こ、これはいわゆる・・・か、関節キ・・・


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!?!?!?」


結局大野君と二人でギリギリに体育館に駆け込むことになって、大野君に不思議そうな顔をされてしまった。


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