月島君はよく見ている


残暑の残る、9月下旬。
うろたえる大野を引きずって兄の車に乗り込めば、行き先は当然、


「オラオラどうした!前より腕が弱っちいぞ!」

「〜〜〜っ」


ガン!と思い切り腕にぶつかってきたスパイクを歯を食いしばって耐え、続く挑発に青筋を立てて黙り込む。
ここ最近足繁く通っている加持ワイルド・ドックスの練習には、エースである赤井沢さんのスパイクをどう捌くか、という実戦形式の練習があった。
スパイクもレシーブもブロックも練習できるという優れものだが、遠征の疲れで思うように動かない身体には正直しんどい。
でもそんなこと、絶対に言えない。言うものか。
弱音なんか絶対に吐くもんか、と幅を意識して腕を差し伸ばせば、再びガン!と腕の横に当たったボールがコートの外へ飛んでいった。


「・・・ふん!まだまだ甘ぇ!圭吾ならしっかりこっちのコートに落とすぞ!」

「・・・大野ブロックしないじゃないですか」

「したらの話だ!」


親バカか。
あんまりな言いように、呆れたため息しか出てこない。
当の大野は自分の名前が出ていることにビクビクしながらブロックフォローに徹しているし。


「・・・できるならブロックフォローなんてリベロに任せて、ドシャットできるくらいに育てればよかったんじゃないですか?」

「まぁ、人には向き不向きがあるからな!」


全くもってそのとおりだ。
大野は相手と勝負するより、ひたすらにボールを床に落とさないことを徹底させたほうが向いている。
ならやっぱりブロックなんてできないじゃないか、と心の中で反論したところで、ボール出しをしてくれていた人が「ボール集めお願いしまーす!」と声を張り上げた。
ふと気付けばあたり一面にボールが散らばっていて、腰を屈めて近場のものから籠の中に入れていく。
・・・烏野の練習でも、こういうとき大野が真っ先に一番遠くのボールまで走るのは、ここで培われてきた習慣なんだな、としみじみと感じた。
あっという間に体育館の端まで走って行ってしまった大野を何となく目で追っていると、同じように見ていたらしい赤井沢さんがぽつりと呟いたのが聞こえた。


「いっそリベロに徹底させてたら、昔ももう少しは勝てたかもしれねえけどなぁ」

「・・・え?」


まぁ、元々ボール出しのためのサーブだったからな、と頭を掻く赤井沢さんに、思わず声が出る。
しまった、と顔をしかめたときには既に遅く。
振り返った赤井沢さんに、何を弁解する暇もなかった。


「アイツが中学んときの話だよ。ピンチサーバーっつっても、拾われれば向こうからの攻撃だからなぁ。成人の中に混じってんだから当たり前だが、チビだからアイツ、思いっきり狙われてよ。アイツを出した試合、一桁しか獲れないとかしょっちゅうだったんだぞ」

「・・・・・・」


予想してなかったわけじゃない。
けど、はっきり言われると驚いたような、ショックを受けたような気になった。
そして、そこで初めて気付く。
どこかで大野に、“負けなし”の看板を背負わせていたことに。


「全戦全敗した大会の後はしばらく塞ぎこんでたっけか。あぁ・・・その辺りからだな、元々引っ込み思案だったアイツがあんなにへなちょこになったのは」



「同じ”負け”でも・・・っ・・・点差、つきすぎると・・・戦えなくなる・・・っ!!」



「今練習しなかったら、来年の今、絶対後悔するから」




以前、大野が言っていた言葉が、耳に蘇ってくる。
大野のあの言葉達は、おぼろげな不安感なんかじゃなくて。
確固とした経験に基づいた、既に体験してきた感情だったんだ。


「それが・・・何でまたバレーしようなんて・・・」

「そんなもん、俺が引きずってきたに決まってる!」

「・・・・・・」

「何だよその目は!生意気なガキだな!」


絶対、泣いて抵抗したに違いない。
話は終わったとばかりに足元に転がっていたボールを拾い上げて籠に入れれば、赤井沢さんも続くように手に抱えていたボールを籠に投げ入れる。
そして入れながら、空気を読むなんて言葉辞書にはないとばかりに話を続けてきた。


「レシーブも、スパイクも、ブロックも。成人と同じレベルを中坊に求めても酷なだけだからな。唯一なんとかなったサーブに力を入れさせた」


あの頃は人数も少なかったしな。圭吾が試合で使えるようにするために必死だったぜ。
そう、まるで武勇伝のように話して聞かせる赤井沢さんに、大野が近くにいなくてよかったとぼんやり考える。
チームの都合に振り回された大野は、どんな思いだったんだろう。
何のためにバレーをして、何かのためにするバレーは楽しかったんだろうか。
そんなもの、回りくどい答えを聞かずとも検討はつく。


「サービスエースさえ取りゃあ、攻撃されることもねえ。アイツは、一人でも戦える力を身につけたんだよ」

「・・・・・・」


・・・どう言えばいいのか、わからないけど。
体育館の隅に向かった赤井沢さんがボトルから勢いよくスポドリを飲むのを、半ばタオルに顔を埋めながら盗み見た。
突然振り返られても、今の表情をすぐに隠せるように。


「ッア゛〜、っしゃ行くぞ!ラスト、チーム組め!」


声を張り上げた赤井沢さんに応えるように、「オス!」と野太い声がこだまする。
表情を変えるようにごしごしとタオルで顔を拭って、赤井沢さんと違うチームになるように動いた。

ここの練習は、最後に試合形式でチーム戦を行なう。
兄ちゃんがなにか根回しでもしてるのか、参加し始めたときからずっと、赤井沢さんと一番マッチが多い場所が僕の定位置だ。
そして大野の場所は、赤井沢さんの腰巾着。
当然のようにそこに控える大野に、無性にイラついた。
そして悪いことっていうのは続くもので。


「っ!」

「赤井沢さんナイスキー!」

「(て〜!指やった・・・!)」


ジャンプのタイミングがずれてボールが指先に当たり、押し負けたそこはジンジンとした痛みを訴える。
「スミマセン少し代わってもらえますか」と休憩していた人に声をかければ、「おう、いいよ」と軽く腰を上げてくれた。
ペコリと頭を下げて救急箱に向かい、テーピングを取り出す。


「(まだ飛ぶの早いか・・・?もう少し溜めて、タイミングを掴まないと。それに・・・コースは、あの人、クロスのほうが得意なように見える。もう少し左側に飛ぶよう意識してもいいのかも)」


考えながらゴソゴソとテーピングを探す。
黒尾さんのやり方を思い出しながらイメージトレーニングをしていたから、そろりと近づいて来た大野に情けなくも気付けなかった。


「つ、月島・・・君」

「・・・何?」

「て・・・っ、ゆ、指・・・だ、大丈夫・・・?」

「・・・・・・別に、大したことないよ」


驚いたことを最大限隠しながらそっけなく返事をすれば、恐る恐る手元を覗き込まれる。
わざわざ追いかけてきたの?とコートを振り返れば、何事もなかったかのように6対6で試合が進んでいた。


「もっ、もしよければ、僕、やるよ・・・!」

「は?別にいいよ。利き手なわけでもないし」

「で、でも・・・ぼ、僕テーピング巻くのは結構上手いって褒められてて・・・!」

「・・・・・・」

「きっ、利き手じゃなくても、やっぱり片手で巻くより・・・っは・・・」

「・・・・・・」


何でこんなに押してくるんだろう。
わからないけど、あの大野がこんなにやろうとしてるんだ。
別にさせたくない理由があるわけでもないし、好きなようにさせてやるか・・・
他の一年、特に日向や影山だったら断固として拒否することなんて棚に上げて、軽くため息を吐き出すと「違和感あったら巻き直すから」と左手を差し出した。
コクコクコクコクと大げさなくらい頭を振った大野は、救急箱から迷わずテーピングを取り上げるとビーッと長く伸ばす。
中指と薬指、痛めたところをカバーするようにテーピングを巻いていく手際は、確かに悪くない。
普段からテーピングを巻いているわけでもない大野が巻くのが上手い理由なんて、やっぱり、このチーム関連なんだろう。
勝手に予想して、勝手に機嫌を悪くしてるんだから世話ないよね。
丁寧に巻かれていく白を仏頂面で眺めていれば、手元に視線を落としたままの大野が不意に「余計なこと・・・かも、しれないんだけど・・・」ともごもごと言いはじめた。


「おいちゃんは、その・・・クロスが、得意・・・、なんだ。す・・・スパイカーの目って、狙う先・・・見てること、多いんだけど・・・おいちゃんのは、すごく・・・真っ直ぐ、だから・・・。きっと、わかる、よ」


終始自信なさ気に、けれど、大野にしては確信的な言い方で。
言い終わるころには巻き終わっていたテーピングを確認しながら、思わず首をかしげた。


「・・・ブロックするわけでもないのに、よくそこまで見えるね」

「あっ、やっ、ぶ、ブロックフォローするとき、参考に・・・!」


・・・そういえば、こいつ無駄に動体視力いいんだっけ。
どの角度で当たったからどの方向に飛んでいくとか、動体視力だけで何とかなるとも思えないんだけど。
参考になりそうもない能力と、確信にはつながったものの自分でも予想していた情報に、「ふーん、どうも」と口先だけで礼を述べる。
なのに眉尻を下げて嬉しそうにしてみせる大野からは、“力になれて嬉しい”とか、そんな印象ばかり伝わってきて。

・・・やっぱり、大野は一人でなんか戦ってないじゃないか。

こうして情報を共有すれば、チームの勝率は僅かでも確実に上がる。
“チームのために”働く大野を、誰が一人で戦っていると評するのか。


「・・・横取りはどっちだか」


一足先にコートに戻って、赤井沢さんに何か言われている大野。
申し訳なさそうに頭を下げる姿に、やっぱりイラついて足を大きく踏み出した。


=〇=〇=〇=〇=〇=
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