谷地さんのマネージャー業


「休憩ー!」

「うーす」


ここ最近・・・というより、大野君への気持ちを自覚してから。
この休憩時間が、部活中で一番疲れる時間になっているんじゃないかと思う。
主に、心臓の負担的な意味で。


「(・・・よし!)」


心の中で気合を入れて、ボトルの入った籠をうんしょと持ち上げる。
スポドリがたっぷり入ったボトルは全員同じもので、ボトルの側面や底にしか名前が書いていないから、こうして籠に入ってしまうと自分のボトルを直ぐに取り出すのは難しい。
だから、皆が各自でボトルを管理する前、一番最初の休憩だけは、清水先輩と二人で手分けして皆にボトルを配るようにしていた。
先輩は三年生と、人数が少ないから二年生にも。
いつも田中先輩と西谷先輩が体育館中に響き渡る声で「ありがとうございますっ!」って言うから、そのたびに少しびっくりする。
いくら人数が少ないとは言っても、二学年分となれば当然先輩のほうが量が多くなるから、代わりたいのだけど・・・
・・・あの声を聞くと、それも言い出せないといいますか・・・
「やっちゃんは一年生の分、よろしくね」と言われたときの表情に、何も言えなくなってしまったと言いますか・・・
プルプル、と頭を振ってその考えを追い払い、なにやら言い合っている二人の下へ近づいた。


「だから、さっきのはもっとこうビュンッ!と!バヒュンッて!!」

「どっちだよ!シュッ!って感じでやればいいんじゃねえのか!」

「あの・・・ふ、二人共、お疲れ様です・・・」

「あっ!ありがとう!」

「影山君も、すごい汗だね・・・しっかり水分採ってね?」

「ッス」


ペコリと下げられた頭に、この二人は大丈夫、とボトルを渡して直ぐに踵を返す。
よくわからないやり取りに巻き込まれたら、他の人たちに渡すのが遅くなっちゃうし・・・
薄情ながらもそそくさとその場を離れて、二本減っただけでかなり軽くなった籠をもう一度手に力を入れて持ち直した。
まずはここで少しでも緊張を和らげてから・・・


「月島君、山口君。はい、どうぞ」

「あ、ありがとう」

「ドーモ」


ほぼ間違いなくセットでいる二人に近づいて、手早くボトルを渡す。
ここに一緒にいれば、合わせて名前を言うだけで済むんだけどなぁ・・・
たまにふらりと違うところにいる大野君に、話しかけてボトルを渡す。
それだけなのに、どうしても最後になってしまうのは、なんでなんだろう。
最初や途中に声をかけて、上手く言葉が出てきたことがない。


「(大野君、お疲れ様、ボトルどうぞ)」


頭の中で予行練習をして、壁際でタオルに顔を埋めている大野君に近づく。
驚かれなければいいけど、と到底無理なことを考えながら声をかけた。


「大野君」

「っ・・・あ、谷地さん・・・」


あ、あれ?
思ったよりも驚きが少ない・・・ような。
はっ!だ、駄目駄目!
違うことを考えてたら、次の言葉を言い損ねてしまう・・・!


「お疲れ様、ボトル、ドウゾ!」

「あ、えと、・・・いつも、ありがとう」


ちょ、ちょっと片言になってしまったような気もするけど・・・
でも、大野君からもらった“いつもありがとう”は、ただの“ありがとう”よりずっと胸に沁みた気がする。
顔、赤くなってないといいけど、と思いながら籠から最後の一本を取り出して、差し出した。
大野君もそれに応えるように手を差し出して。


「大野!お前はどっちだと思う!?」

「さっきのトス、シュッ!だったろ!?」

「えっ・・・!?」

「やっちゃん、記録ノート持ってる?コーチが見せてほしいって・・・」

「!はいっ!」


大野君には日向と影山君が。私には清水先輩が全く違う方向からほとんど同時に声をかけてきた。
二人共そろって顔をそちらに向けて、でも手はボトルの受け渡しに向かってしまっていて。
・・・タイミングが悪かったとしか、言えないんだと思います。


「・・・ファッ!?」


ボトルを持った指が突然ぎゅっと温かいものに包まれて、思わず奇声を上げてしまった。
それは直ぐさま離れていったけど、驚いた拍子にボトルは手から放れていて。
床に向けて落ちていくボトルを挟んで、大野君とほぼ同じポーズで一瞬固まる。
でも、さっきのが大野君の指だったことに思い至るより早く、ボコン!とボトルが床に落ちる音がして、はっとなって慌てて屈みこんだ。
そして。


「「っ〜〜〜!!!」」


ゴチン!という音が頭の中で響いて、目から火花が飛ぶ。
おでこに強烈な痛みが走って、ボトルも忘れて頭を抱え込んでしまった。
い・・・痛いぃ〜・・・!


「お、おい・・・大丈夫か?」

「っ・・・!ご、ごめん谷地さん!だ、大丈夫!?」


ジンジンする頭に、フワリと大きな何かがかぶさった。
それは撫でるというよりは掠めるようにぶつかったところを何度か往復して、その温もりをやんわりと広げていく。

え?これは・・・でも・・・え?

自分に起こった事態が色々と飲み込めなくて、恐る恐る顔を上げる。
上目遣いで前髪に隠れる視界の中、予想以上に近くにあったのは心配そうな大野君の顔で。
その大きな掌が頭を撫でているのだと気付いた瞬間、ピシリと自分の中の全部が止まった気がした。


「・・・おーい?」


田中先輩の声に、はっ、と、体が飛び上がる。
それは大野君も同じで、どうやらそこで、自分がしていることに気づいたみたいだった。
けど、中身が起動し始めた私も似たようなもので・・・!


「(フォオオオオオ・・・!!)」


沸騰しそうな頭をさっきとは違う意味で抱える。
な、なんということを・・・!
い、いや、あくまで事故なんだけど・・・!
向かいで大野君がどんな表情をしているか、顔を上げて確認することができない。
できれば穴を掘って埋まりたい・・・!


「おいおい、何やってんだよ!」

「こっちまで音聞こえてきたけど、二人とも大丈夫か・・・?」

「あっだっ大丈夫です・・・っ!!ご、ほ、ほんとごめんね、谷地さん・・・!」

「いっ、イエ!こちらこそ!?」


田中先輩に続いて主将も声をかけてきて、なんだか大事になってきた感じに益々パニックになる。
は、早く場を収束させなくては・・・!


「二人共一応頭冷やしとけよー」


遠くから呆れたような烏養コーチの声まで聞こえてきて、あわわわ・・・!と慌てて保冷材の入っているクーラーボックスまで走る。
私はいいとしても、大野君はまだ動くんだし・・・!
頭をぶつけたことで、夜になって意識不明とか・・・!
日向と影山君が「すごい音だったな!」と喧嘩していたのも忘れて話しかけているのはいいけど、大野君の返事が耳に届かないのも不安を掻き立てる。
クーラーボックスから保冷材を一つ取り出して、綺麗なタオルで軽く来るんで立ち上がった。


「なんだ、賑やかだな!」

「「「「!?」」」」


その瞬間、耳に馴染みのない声が体育館中に響き渡る。
何事!?と慌てて振り返れば、体育館の入り口に片手をかけて、中に入ってくる男性の影。
何度か見たその姿に、口が勝手に「あ、」と音を紡いだ。


「あ、赤井沢さん・・・」

「また来た・・・」

「おいひよっこ!お前少しは俺を敬えってんだ!」


ずんずんと体育館の中に入ってきて、月島君に指を突きつけると目を三角にして怒鳴る。
春高の一次予選、夏休み終了間近の突然の海。
たった二回ながらも苛烈な印象を残していった赤井沢さんが、また来た。
月島君がぼそりと呟いた言葉、すごく的確だなぁと呆れるやら感心するやら。
今度は一体何をしに来たんだろう。


「・・・今日は海は行かないっすからね」

「あー、今日はそうじゃねーよ」


先手を打たないと、とばかりに呆れて言う烏養コーチに、ひらひらと手を振る赤井沢さん。
じゃあ何を?と皆が首を傾げるなか、赤井沢さんはメンバーの顔をぐるりと見渡して。
そして、ぴたりと大野君のところでその視線を止めた。


「圭吾、連れ戻しにきた」

「・・・は?」


音が、なくなる。

ズキ、ズキリ。

・・・頭が、痛い。


さっき大野君とぶつけたところが、酷く、痛くなった。


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