澤村先輩に応える


全員の視線が大野の返事を待つ。
烏野の誰もが、大野の首が横に振られることを期待して。
同時に、大野にそんなことができるはずがない、と絶望した。
大野が人の言葉を否定できるのなんて、相手が自分を褒めたときだけ。
しかも相手は師匠と名高い赤井沢さんだ。
おそらく性格形成に多大な影響を及ぼしているであろう人に、大野がNoを言えるはずがない。


「・・・大野・・・」


旭の酷く気弱な声が大野の名前を呼ぶ。
・・・やめろって、このひげちょこが。
本当に、大野がこのチームを離れていってしまうように思えてしまうだろ。


「僕、・・・・・・・・・僕、は・・・・・・」


・・・嫌だ。聞きたくない。
大野は俺達の仲間だ。
連れて行かないでくれ。俺達を選んでくれよ、大野。
俺達がピンチのとき、助けてくれる心強い仲間を。
せっかく形のできてきた俺達のチームを、壊さないでくれ。


嫌だ。


嫌だ!






「イヤ、だ」





「・・・・・・・・・、・・・え?」


一瞬、自分の思いが口に出てしまったのかと思った。
それくらいかすかで、耳に届いたのが不思議なくらいの声量。
けれどそれは、あのいつもの声と同じ。
不思議と通る「いきます」の声と、同じだった。


「・・・なんだって?」

「っ・・・・・・!」


一気にトーンの下がった赤井沢さんの声に、大野の肩が大きく震える。
ジャージがしわくちゃになるくらいぎゅっと握り締めて、耐えられない、とばかりに視線を落とす。


「・・・は、・・・はじっ、め、は・・・」


それでも、過呼吸なんじゃないかってくらい何度も息を吸い込んだ大野は、しっかりと言葉を話し始めた。


「・・・ど、同世代のなかで、どれだけ・・・自分の、ち、力が、通用するのか、・・・しっ、知りたく、て・・・っ、けどっ」


大野の話の途中、赤井沢さんが何か言おうと口を開けたのを、強めの口調でさらに遮る。
驚いた赤井沢さんが固まるのを見て少しうろたえた大野だったけど、決意するようにぐっと顎を引いて、震える息を吸い込んだ。


「っけ・・・けど・・・!今、今は!皆とバレー、続け、たい!もっと、たくさん、試合したい・・・!」


それは、初めての言葉だった。
大野はいいことも悪いことも、自分の意見をはっきり言えない奴で。
そんな風に思っているなんて、・・・思って、いなかったんだ。


「・・・お前の口から“はい”以外の言葉が出たの、初めてだな」

「ご、ごめんなさい・・・っ」

「・・・そう思うなら戻ってきやがれってんだ」

「ぅ・・・」


未だ勝手なことを言う赤井沢さんを、今度はぐっと睨みつける。
大野の意志が分かったら、俺達が迷うことなんて何もない。
そこまで考えて、ようやく自分の気持ちが分かった。


「(・・・怖かったんだ)」


怖かったんだ、俺達は。
大野が、俺達を捨てるんじゃないかって。
ただ、―――怖かったんだ。


「(でも)」


でも、大野が俺達を選んでくれるなら。


「・・・くそ、お前ら俺を目だけで殺すつもりかよ・・・」

「・・・?・・・!」


俺達の視線に気付いた赤井沢さんが大野から視線をずらして、それにつられるように大野も俺達を振り向く。
驚いて目を見開く大野に、もしかしたら大野も、自信がなかったのかもしれない、と思う。
言い切っていいのか、迷惑じゃないか。
・・・大野らしい、と思ってしまうのは、少しどうかと思うけど。
そんな無用の不安を抱える大野に、俺がやってやれることなんて、ひとつ。


「・・・“大野は俺達の仲間です”・・・前にも言いましたよね」


一歩前に出て、烏野を代表して声を発する。
これが烏野の総意だって、自信をもって言えた。


「どんなに短くたって、この三年間は大野は烏野排球部の部員です」


勝手なこと、言わないでください。

我ながら、思った以上に強気な言葉だ。
でも、大野が俺達とバレーをしたいと思ってくれてるのなら。
大野をかばうように、隣に、後ろに。
そう思ってるのが俺だけじゃないのは、自然と歩み出てくれた仲間たちが証明してくれた。

全員でしっかりと赤井沢さんの目を見据えて立てば、ぐっと息を詰まらせた赤井沢さんは大きく息を吸って。
それから、はあぁ〜〜〜〜・・・と大きく吐いた。

ガシガシと頭を掻いてしかめっ面で俺達を見返してくる目を、負けじと見返す。

絶対、負けるか。

大野は譲らない!


赤井沢さんは俺達一人ひとりの決意を確認するように見渡すと、ぺし、ぺし、とつま先で床を叩いて。


「・・・習試合、組め」


ぼそり、とそう呟いた。


「・・・え?」


はっきり聞き取れなくてそう問い返せば、ふん!と思い切り睨まれて少したじろぐ。
けどそんなこと気にもせず、ビシィ!と指を突きつけられた。


「練習試合だよ、練習試合!俺ら、加持ワイルド・ドックスと烏野で!」


高らかに宣言された言葉に、今度はその意味を汲み取ってたじろいだ。
それはメンバー全員同じだったみたいで、ざわっと空間がざわめく。
そんな俺達の反応を見て少し溜飲が下りたのか、腕を組んだ赤井沢さんは鼻から強く息を吐き出した。
けれどさすがに居心地が悪くなったのか、「ケッ」と悪態をつくと、ドスドスと足音荒く体育館の入り口へと戻っていき。
途中で烏養コーチに「日程と時間はある程度そっちに合わせてやる。連絡入れろ」と一声かけて、扉に手を掛ける。


「勝てたら、認めてやるよ」


振り返りざまのその言葉が、強く耳に残った。










「・・・正直、すごいことになったなって感じだけど」

「す、すみません・・・」

「いや、大野の気持ちがわかって嬉しいよ」


赤井沢さんの背中が消えて、すごく気まずい体育館の中の空気を変えるように努めて明るい声を出す。
まぁ後半は、わりと本気で嬉しそうな声が出た気がするけど。


「ま!俺達の気持ちはずっと変わらねえけどな!」

「おうよノヤっさん!大野は俺達の可愛い後輩で、大事な仲間だ!」

「せ、先輩・・・!」


続くように二年二人が元気にそう言って、大野の顔にも色が戻ってくる。
裏表のない二人だからこそ、大野もこうして本気に受け取れるのかもな。
普段若干怖がられてる二人だけど、こういうときの威力は大したもんだと思う。
一気にいつも通りに戻ってきた雰囲気に、さすがだなぁと感心していると、コーチが軽く頭を掻きながら近づいて来た。


「・・・まぁ、全力で行くしかねーわな。っつーわけで、この後の練習についでだが・・・試合形式で、俺が打つ」

「!?こ、コーチが!?」


思わぬメニュー変更に、流石に驚いて声を高くする。
けど、「負けるわけにはいかねーからな、」とため息を付くコーチを見て、改めて気を引き締めた。
そうだ、負けたら、大野が。


「とりあえず成年のスパイクがどんなもんか、まずは慣れろ!パワーが段違いだから、とにかく上に上げることに専念しろよ!!」

「「「オス!!」」」


負けるわけには、いかないんだ。


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