烏養コーチのコーチング


「はぁ〜ぁ・・・」


自分の口から出てきた重いため息に眉を寄せて、ん゛んっ、と誤魔化すように咳払いをする。
数日前の赤井沢さん襲来を経て、大野の気持ちを知れたと浮き足立ったのも一瞬。
対成年という壁の高さにたじろぐ者半数、奮い立つもの半数、といったところだった。

赤井沢さんとこのチームとの対戦は、約2週間後。
それまで俺の町内会チームとなるべくたくさん練習して、少しでも成年の力や技術に慣れておく必要がある。

・・・正直なところ、面倒なことになった、というのが感想だ。
ただ一方で、いつかは通る道だったんだろうなという達観した気持ちもある。
そして練習試合のことを考えると、頭を過ぎることが一つ。

これで、いいんだろうか。


「お疲れ様です、烏養君。連日町内会の皆さんに声を掛けていただいて、ありがとうございます」

「あぁ、先生。いや、来れるやつに来てもらってるだけだから、そんな大したことじゃねえけどよ」


部員たちが体育館の中を片付けていくのを見ながら考え込んでいると、先生が近づいてきて軽く頭を下げる。
社交辞令のそれに軽く手を振って応えると、本題とばかりに「大野君が以前所属していたチームとの練習試合ですが・・・」と声を落として続けた。


「大野君はやはり、ピンチサーバーで出しますか?」

「・・・まぁ、そうなるだろうな。空中戦真下でのブロックカバー、試合ではほとんど使ってねえし・・・」

「まだ息が合いませんか」

「っつーより、確立の問題だな。ウチにはありがたいことに西谷っつー天才が居るから、正直ブロックカバーの人員は足りてるんだよ」


例えばブロックしたボールが右に飛ぶか、左に飛ぶか。
それからブロックを貫通する可能性と、日向のように指先に向けて打たれて、後ろへ飛ばされる可能性。
コートの中全部を考えると、ネット間近に二人はいささか過剰とも言えるだろう。


「強打にあわせて西谷を後ろに下げて、圭吾を前に・・・っつーのもやってみたが、やっぱり他のやつのときと動きが違うからどうにもしっくりこねえ」


西谷が混乱してんの、見て取れたしな。
そして相手が混乱していれば、鏡のようにその混乱を写し取る圭吾だ。
一瞬の判断が命のバレーで、「えっ、えっ、」とコートの中でオロオロされてはたまらない。


「こちらが攻撃のときはたくさん居たほうが心強いですが、相手からの攻撃のときは真下に落ちてくるとは限りませんもんね・・・」

「あぁ・・・ブロックに3人、フォローに2人入るとなると・・・下手すりゃ残り一人でコート全面どこに飛んでくるかわからねえスパイクを拾わにゃならん」


ブロックを減らせばその分貫通される確立も高くなるんだから、いたちごっこのようなもの。
これでは、フォローするというよりアタックライン間近の超鋭角な強打を捌けというようなものだ。


「聞けば大野君は赤井沢さんの下ではセッターの役割も果たしていたようですし・・・やはり、赤井沢さんのチーム内の環境が大野君のスタイルに合っていたといいますか、使える形に大野君を育て上げたといいますか・・・」

「まぁ確かに、赤井沢さんから見りゃ俺達が圭吾を横取りしたようなモンだろうしな」


けどよ、とニヤリと我ながらあくどい笑みを浮かべる。
圭吾の気持ちと言うか心と言うか・・・“ここにいたい”と思わせたのは、こっちなんだ。
圭吾のあの言葉で自信がついたのは、なにも部員だけじゃねえんだよ。


「澤村の言ったとおりだ。今は俺達のチームメイト、今更返す気はねえ」

「心強いです」


ニコニコと信頼に満ちた笑顔を向けられて、若干気の抜ける思いで軽く笑い返す。
心強い、か。
・・・自分ではイマイチピンとこねえんだけどな。


『所詮お前をピンチサーバーとしてしか使えないチームだ』


俺が圭吾を前衛で使わないのは、一応それなりの理由があるからで。
本人もそれをわかって、レシーブに力を入れるようになってきたんじゃないかと思ってたりするんだが。


「・・・・・・」


けど、なぁ。
実際、大野をピンチサーバーとしてしか使えてないっつーのは、的を射てるわけで。
あの力をどうにか使えないかってのは、ここ最近の俺の悩みでもあったわけなんだが。


「(痛いとこつきやがって・・・)」


見えてる分、意識せざるをえないそれ。
使えていた過去を、赤井沢の下での圭吾の働きぶりを知っているからこそ、歯がゆさは増していく。
試合で、赤井沢を納得させられる“何か”を見せないと、あの男はしつこく食い下がってくる可能性が高いし。
どうにかできねえかなぁ、と天を仰ぐと、どこか不機嫌そうな声に呼びかけられた。


「・・・コーチ、あの」

「ん?どうした、月島」


そういえば、いつの間にか体育館の片づけが終わっている。
考え込みすぎたか・・・?と少し自分に呆れて、何か言いにくそうな月島に首をかしげた。
月島に話しかけられるのは、この前のブロックのコツ聞かれたとき以来だな、とぼんやり思い出す。
・・・そういえば、月島が圭吾を引きずって帰っていくようになったのも、その頃からか。
それまで100%を目指すことのなかった月島が急に変わって、何かきっかけでもあったんだろうか、とは考えていたけど。


「・・・今度の練習試合、僕と赤井沢さんのマッチが多くなるように、ローテ組んでもらっていいですか」


まさか、ここまでの変化があるとは思ってもみなかった。
赤井沢さんとのマッチが多い、ってことは、つまりそれだけ強力なスパイクを受けるってことだ。


「月島がやる気発言・・・!?」

「どうした月島!熱あるのか!」

「ウルサイ」


たまたま聞こえたらしい変人コンビに心配(?)されて、ピシャリと跳ね除ける様子はいつも通りだ。
けれど、二人の言うとおり珍しい様子に、思わずまじまじと顔を見てしまう。
視線に気付いた月島は、居心地が悪そうにふいっと目を逸らした。


「・・・別に、無策ってワケじゃないです」


ただガムシャラに向かっていっても、勝てると思えませんから。
ガムシャラに、を強調しつつ変人コンビを見て言ったことで、煽ることも忘れていないのはなんとも月島らしいんだが。
無策じゃない、ってのに意識が引かれた。
無言で続きを促せば、突っかかってきていた二人をしっしと手で追い払って、再び向き直る。
体の前で手を組む仕草が彼なりの礼儀であることに、最近ようやく気付いた。


「あのチームで特に注意すべきスパイカーは赤井沢さんで、その赤井沢さんのスパイクをブロックした経験、あるの僕だけですから」


勿論、他の人も皆成人男性なんでフツーに強いですけど。
そう言って肩を竦める月島だが、眉間に皺が寄っていて、普段の力の抜けた印象はナリを引っ込めている。
さっき不機嫌と感じた表情は、どうやら真面目に考えた結果だったらしい。
経験があるとはいえ、確実に防げるとは言いがたいスパイクを。
最も多く、防がなければならない場所に自ら立つというのだから。
・・・多分、多少なりとも責任感じてんだろうな。
この騒動の原因の一端を握ってると、本人的には思っているのかも知れない。
・・・まぁ、その真偽がどうであれ、月島の言っていることは最もだ。
そしてせっかくの申し出にを、断る理由もない。


「わかった。なら赤井沢さんのブロックはお前が要だぞ」

「・・・ハイ」


神妙に頷いて、遠くで待っていた山口のところへ戻っていく月島の背中を見送る。
なんか、それを見送ってて・・・こう・・・
別に、そんなに考えすぎなくてもいいのかねって思えちまった。
ほら、こうして俺の知らないところで着々と力を身につけているやつがいるんだ。
何がベストかなんて、俺みたいなコーチ初心者にはわかんねーけどよ。


「・・・大きく見えますね」

「あぁ・・・ったく、頼もしい限りだぜ」


本人たちが思い通りに動けるようになる手助け。
それが、コーチングってやつじゃねえかと思うわけだ。


=〇=〇=〇=〇=〇=
prev/back/next