おいちゃんの誤算


思った以上。

悔しいが、烏野の実力を評するならそれが打倒だろう。
25−15で楽勝だった1セット目が嘘だったかのように、中々スパイクが決まらねぇ。


「10番!」

「!!」


確かに、最近俺のスパイクをブロックできるようになってきたひよっこのことは注意していた。
2セット目に入ってひよっこが俺と一番あたる位置にローテが回ったときは、小ざかしいマネしやがって、とも思った。
けどそれは、それ以外の奴を度外視してたからだ。


「やっぱり10番の攻撃は中々追いつけないですね」

「だったら打たせて拾うまでだ!次行くぞ!!」


月島からの苦笑とも感嘆ともいえないため息を受けて、心に若干の動揺が生まれる。
それを振り払うように腹から声を出せば、周りから「オウ!」と野太い声が返ってきた。
そこに、隠れるような「はいっ、」の声が混じらない。
また、眉間に皺が寄るのを感じた。
ひよっこらの集まりのクセに、目の前チラチラ動き回りやがって・・・!
上がったトスに合わせて身体を飛び上がらせても、まるで読んでいたかのようにネットの向こうからひょろっちい腕が生えてくる。
ひょろっちい、腕のクセによォ!


「チィ・・・ッ!」


ガガン!と激しい音を立ててぶつかったボールが、跳ね返ってくるのがスローモーションのように目に映った。

またブロック。
これで何本目になるんだか、数えるのも億劫だ。
畜生、普段ならこの球は押し負けてるだろうが・・・!

ダン!と足元に突き刺さったボールに、圭吾の影がちらつく。

だから返せっつってんだよ・・・!


「ナイスブロック!」


使わねえなら、こっちのコートに居てくれてもいいじゃねえか・・・!
ベンチから上がるかすかな声を聞き分けても、それがこっちのチームへの声援じゃないなら意味がない。
拾ったボールを真剣な目で見上げる圭吾じゃなきゃ、意味ねぇんだよ!


「ひよっこしかまともにブロックできてねえなぁ!それ以外が狙い目ってことだろ!」


わかりやすく挑発しても、5番の坊主はぐっと唇をかみ締めるだけでノッてこねえ。
見るからに熱血!っつーやつなのに、やりにきいな!



「・・・アノ人の挑発に乗っちゃダメですからね」

「あ?」

「火がつくとこの上なく厄介ですから」




「・・・・・・大野を渡したくねえのは、こっちだって同じッスから」


お返しと言うには真っ直ぐな表情で、油断なくこちらの動向を伺う様は挑戦者のそれ。
何度もねじ伏せてきたそういうのに、高揚を覚えないといえば嘘になるんだが。


「オォッ!」


お前ぜってぇ成年だろ!!
髭面のエースに気迫と共に叩き落されたボールは、ブロックに飛んだ月島の腕に当たる。
けれどその威力を和らげることもできず、ボールはそのまま俺達のコートに突き刺さった。


「チッ!」


火力は申し分ない。バカみてぇに天才なセッターもいやがるから、それがすげぇ機能してやがる。
だが、あえて弱点を挙げるとすればレシーブ力だ。
1番と4番は駄目だ。あそこは落ちねえ。
けどそれ以外は、圭吾がいたら、下手したらサーブだけで余裕で勝てちまうようなチーム。
それがいま、居ないなら。


「レフト!」


その分の火力は、俺が引き受けてやろうじゃねえか!
声に応じて上がったボールは、軽い放物線を描くもほぼ真っ直ぐに俺の手に向かってくる。
いいトスだ。
圭吾がいなくなってから代わりに入れたコイツのトスも、やはり経験者なだけあって十分に上手い。
トスだけで言えば、圭吾よりも上手いくらいなんだけど、よ!
ここまであまり速攻を使ってこなかったという事実に引っかかって、ブロックは追いついてない。
それでも指先は掠めてくるあたり、生意気ったらねぇが。
だからってブロックアウトにしてやるほど、優しくはねぇぞ!!

掌に確かな手ごたえ。
獲った、と確信したそれはしかし、床まであと2cmといったところで。
たった一枚の掌に、その身を跳ね返された。


「大野は渡さねぇぞおらあああ!!!!」

「っしゃああああ!!!」

「・・・・・・!」


畜生。
それはこっちの台詞だっつうんだよ!
圭吾はもともと俺達のだ。俺達が手塩にかけて育てた、大事な戦力だ!!
横からしゃしゃり出てきたお前らに、美味しいトコもってかれて堪るか!


「・・・・・・フー・・・」


熱くなる脳内を冷やすために横目で得点板を確認すれば、22−23。
今のレシーブで流れは向こうに行っちまったが、それがどうした。
仲間からのタッチを受けて、次のサーブは、と視線を上げる。


「ッサー一本!」


ドン、とバウンドしたボールがエンドラインに向かう。
手馴れた風にそれを受け取る姿を包んだ13のゼッケンが、ふわりと翻ったのが目に焼きついた。


「頼んだぞ、大野!」


その声に違和感を覚えて、あぁ、そういえばと圭吾の名字を思い出す。
アイツのことを名字で呼ぶ奴なんて、周りいない。
そんな、中途半端に距離のあいた関係、アイツには息苦しいだけだろうが・・・!


「しゃ来いオラァア!!」


一際でかい声を出して、圭吾を威嚇する。

来い。来い!

俺に打て。俺に寄越せ!!

こういう声を出せば、圭吾が萎縮することはわかってる。

だが、それがどうした!

それならそれで、連れ帰ってから鍛えなおすだけだ!
肩をビクつかせた圭吾は、気持ちを切り替えるようにボールに額を当てて、細く、長く息を吐き出して。


「―――いきます」


ビリ、と。

肌が、震えた。

アイツに教えた、唯一の挑発。


“決めてやるから、覚悟しろ”


そういう意味を込めて言えと、そう、教えた。

高く上げられたサーブトス。
追いかけるようにステップを踏む身体。
圭吾の手から放たれたボールが、真っ直ぐこっちに飛んでくるのを、まるで映画のコマ送りを見ているかのような気持ちで眺めた。


「(―――なんだよ、畜生)」


お前、いつの間にそんなにデカくなったんだ。
もはや反射的に体が動いて、ボールの正面でレシーブに構える。
確かに正面で取ったはずのボールは、けれど思わぬ方向へ軌道を変えて。

ピッ


「っしゃあー!ナイッサァ大野!!」

「オオーッ!!!!」


感情を含まない主審のホイッスルが、やけに誇らしげに聞こえた。
「ドンマイ、」、「次一本、拾いましょう」、次々と掛けられる声は、耳を右から左に通り抜けていって。


「―――いきます」


耳に、肌に、突き刺さる声。
ネットを挟んで向こう側にいる、圭吾の姿が。

ピッ ピピー!

初めてサーブを成功させたときの、チビでガキだったアイツのキラキラした顔と、ダブって見えた。


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