月島君だって、みんなと一緒


今日は疲れた。
騒がしい部室の中、巻き込まれないようにできるだけ騒ぎの中心から距離を置いて着替える。
これ以上無駄に体力を消耗するわけにもいかないし。
とは言っても、所詮そう大した広さでもない部室。


「だから!こうサッときて、グッてやって、ビャッ!ってやれば!」

「それじゃボール見れねぇだろうがボゲェ!ビシッと決めればいいんだよ!」

「ねぇその頭悪そうな会話どうにかならないの?」


全く意味が分からない不毛な会話はダイレクトに耳に入ってくるから、つい口を出してしまった。
案の定単細胞に「なんだと!?」と突っかかってくるおチビを適当にあしらって、汗に濡れたジャージを袋の中に突っ込む。
今日は、普段以上に湿った感覚が手に伝わってきた。
その事実を、普段より水分を多く取ったからとか、気温が高かったからとか、適当な理由をつけて自分の中で濁す。


「・・・・・・」


濁したのに。
ぽやんと脳裏に浮かんだのは、照れくさそうな、けれど心底嬉しそうな大野の顔で。
もし僕が素直な人間だったら、大野はきっとそんな顔をするんだろうって、容易に想像できた。
そんな妄想を切り離すように、ぎゅっと力を込めて袋の口を縛る。
雰囲気を察した日向が「月島・・・?」と首を傾げてくるのを、「なんでもない」とまたあしらって。
「お先ー」「お疲れーッス」と一足早く帰っていく先輩方に倣って手早く綺麗なシャツを羽織った。


「・・・ていうか君らは何で着替えないの?夏風邪はバカが引くんだよ?」

「!今着替えようとしてたんだ!」

「無理のある言い訳は見苦しいよ」

「うっせーなーもー!」


見下した目で嘲笑えば、顔を赤くして怒りながらも素直に着替え始める日向。
無駄に意地張らないところは賢いよね。絶対言わないけど。
「うげ〜、汗ぐしょぐしょだ!」と着替えですら騒がしい日向に毎度の事ながらため息をつく。
「これ絞れるんじゃねえ!?」とか言ってるけど、この部室水道ないんだからキョロキョロしないでほしい。
王様にまで「ここで絞るなよ」とか言われてるし、本当に単細胞と言うかなんと言うか。
半ば無我の境地で淡々と着替えを済ませていると、ふと、王様に一言言われたっきり日向が静まり返ったことに気づいた。
普段騒がしい人間が急に黙り込むのは、正直薄気味悪い。
何があったの?と振り返れば、日向はべたべたのジャージを両手で広げて目の前に掲げ、じっと何かを考え込んでいるようだった。


「?ちょっと・・・」

「大野!おれ今日、スゲー活躍したよな!?」

「えっあっうんっ!?」


暫く黙り込んでいたかと思えば、僕と同じように日向を見ていた大野に突然振り返った。
とっさに答えを返せるはずもなく妙な相槌を打った大野だったけど、意味を理解すればコクコクコクコクと大野の頭はすごい勢いで上下に揺れる。


「も、勿論・・・!」

「おれがチームにいてよかっただろ!?」

「えっ・・・」


どんな質問だ。
Yesと答えるしかないような問いかけに、日向は何を望んでいるんだろう。
真意が分からなくて、大野も頷ききれていない。
けれど、大野のそんな反応を見て、日向はどこか焦ったように腕を振り回した。


「お、おれがいるチームで、戦いたい!とか!そういうこと、思ったり・・・しねえ・・・?」

「!?そっ、そんな、こと!ぼ、僕のほうこそ、出番、もらっちゃって・・・!」


どうやら素直に答えればよかったらしい。
目に見えて落ち込んだ日向に、今度は大野が焦って腕を振り回す。
こいつら面倒くさい・・・と口に出さなかっただけ褒めてほしいくらいだ。


「そいつより俺だろ。俺がいるチームで戦いたくないなんて、言わせねぇ」

「・・・!?・・・!?も、勿論・・・!」

「何でそんなに自信満々なの?」


当然と言わんばかりのドヤ顔でふんぞり返る王様に、純粋な疑問が湧きあがる。
ホントわけわかんない。


「あっ・・・つ、月島君も、山口君も・・・!」


なのに、大野ははっと何かに気付いたようにこっちを振り返ってきて。
何となく大野の言わんとすることが、想像ついた。


「皆と一緒に、同じチームで・・・戦いたい、です・・・!」


『そんな付け足しみたいに言われても嬉しくないんだけど』


予想通りの言葉に、そう皮肉っぽく返してやろうと思ったのに。
思うように言葉が出なくて、喉が絞まる。
そんな自分の反応にますます驚いて、その理由に思い至って。
真剣な目で見上げてくる大野から不自然じゃない程度に目を逸らして、「・・・だったらやっぱり、レシーブ練ももっとやらないとじゃない?」と場つなぎのように言葉を発した。


「う、うぅ・・・精進します・・・」

「!レ、レギュラーは渡さないからな!」

「わっ、ぅえっ、ピ、ピンチサーバーで十分ですうぅ・・・!!」


滞りなく進んで行った会話にふぅ、とため息を付いて、もう帰ろう・・・と適当につめた鞄を肩に掛ける。
気を抜いたら出てしまいそうな表情で、山口辺りに本心を見抜かれてしまいかねない。
前科あるしね、といつも通り「待ってツッキー!」と追いかけてくるであろう姿を、チラ、と横目で確認する。


「・・・?どうしたの、山口」

「ツッキー・・・」


それで、山口が眉間に深い皺を作っていることに気づいた。
「なんでもない、」とヘラリと笑うその顔は、知ってる。


「・・・言いたいことあるなら言っておけば?」


言いたいことが、言えないときの顔だ。
驚いたようにこっちを見上げてくる山口に「顔に出てる」とだけ言ってやれば、「・・・かなわないなぁ」なんて言われて。
それはこっちの台詞だ、なんて言おうとしてた口を慌てて閉ざした。
・・・最近口が言うことを聞かなくて困る。
一人眉を寄せていれば、山口は言う決心をしたらしい。
少し俯いていた顔をぐっとあげて、「大野、」と声を上げた。


「・・・俺、まだ大野にサーブで勝てたと思ったことない」

「・・・ぇ・・・」

「・・・勝ち逃げなんて、許さないからな!」

「っう・・・うん・・・っ?わ、わかった・・・」

「山口お前いつからそんなにアツイ奴になったんだ!?」

「割と元からじゃねえのか」


首を傾げる大野は、山口の心境をきっと理解できていない。
けど、日向と影山が騒いでいる間に何となく飲み込めたらしい。
ぎゅ、と腹の辺りを握り締めている大野の表情はどこか嬉しそうだった。
・・・まぁ、一応、そんなとこだろうと予想はできていたけど。
改めて考えると周り全部が熱い感じになってることに気付いて、「お先」と呟くと足早に部室を出た。
同じように熱くなれないことに、どこか居心地の悪さみたいなのを感じたのかもしれない。
閉じかけたドアから「待ってよツッキー!」と聞こえてきたのを無視してさっさと歩いた、のに。


「つっ・・・!月島、君・・・っ」


後ろから聞こえる慌てた足音は山口のものじゃなくて、最近耳に馴染んできたそれ。
胡乱気な目で肩越しに振り返れば、しっかり帰り支度を済ませた大野が上目遣いで見上げてきていた。


「・・・ご、ごめんね・・・あんなこと、巻き込んじゃって」

「・・・何、僕は関係ないよそ者なの?」

「!?ちっ、えっ!?」

「・・・なんでもない。・・・いいんじゃないの。今までどおりで」


勝ったんだから、大野は堂々とすればいい。
まるで拗ねた子どものような自分の発言を塗り替えるように、頭の片隅で考えていたことを大した脈絡もなく言葉にする。
今回、どちらかとの決別みたいなノリの試合に勝ったから、大野と赤井沢さんはきっとお互い顔を合わせづらいだろう。
でも、それじゃまだ困るんだよね。


「今日のブロック、僕、どれくらいの確立でドシャットできたかわかる?」

「えっ・・・え、と」

「別に数えなくていいよ。わかると思ってないから」

「ご、ごめん・・・確か、8本くらいはドシャットしたと思うんだけど・・・」


それがわかるだけ、十分。
少しの驚きと嬉しさを仏頂面の下に隠して、はぁ、と誤魔化すようなため息をついた。


「約4割。3本中1本か2本しか、向こうのコートに返せてないんだよ」


まだ、向こうの方が上手だ。
先輩方はよくブロックしてると言ってくれたけど、まだ未完成もいいところ。
後ろの守りを任せる先輩たちがいなければ、きっと負けていた。


「アノ人のスパイクきっちりブロックできるようになるまでは、練習行くから。ちゃんと付いてきてよね」


気まずいとか、申し訳ないとか。そういうのも君の中には壁のようにあるんだろうけれど。
君の本心からの答えは、その輝いた目で十分伝わったから。
これからも、“秘密の特訓”仲間として、よろしくね?


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