僕の仲間は、強いです


対、条善寺高校。


「―――ここに居る誰よりも、遊ぶべ」

「ひゃあっふぅ―――いっ!!!」


突然体育館全体に響くような大声が聞こえてきて、ビクリと肩を縮こませる。
けどそれは周りの皆も同じだったようで、ちょっとだけ安心した。
・・・しばらく震えが止まらなくて、月島君に呆れた目をされてしまったけど。
コートに入って行う最後のアップをすれば、身体に入っていた緊張も少しずつほぐれ、思い通りに動くようになる。
特に肩周りの筋肉を重点的に動かして、真上に投げたボールをジャンプして捕ることでタイミングを再確認して・・・


「整列ー!」


そんなことをしていれば、時間なんて矢のように過ぎ去っていくんだ。
キュキュッ、とシューズを鳴らしてエンドラインに並び立つ。
定位置は、列の一番右端。山口君の右隣。
「遠くない?」と言われてから、山口君との隙間を10cmまで詰めるようにした位置。
顔を上げれば、―――一番、見慣れた光景で。

ピーッ


「お願いしアース!!」


あぁ、始まった。
―――最後の、大会が。
烏養コーチの助言と鼓舞を受けて、皆の気持ちが高まっていくのを感じる。
差し出された主将の手に、全員で右手を重ねて。


「烏野ファイッ」

「オース!!」


この、円陣も。主将の掛け声に合わせて言うのはあと、何回か。
じわりと視界が歪むのを感じて、ぶるぶると頭を振る。
だめだ。だめだ!
まだ、始まったばかりなんだから。
今はまだ、続けてるんだから!


「大野、え・・・大丈夫?」

「あっ、ぅん・・・っご、ごめん」

「いや、いいけど・・・」


振り返った山口君に怪訝な顔で聞かれて、慌ててウォームアップゾーンに向かう。
いけない。こんな感傷的になってたら、いざってときにも変な考えがちらついて・・・!

ピーッ

ずぶずぶと沈んでいきそうな思考を遮るかのように、試合開始の笛が鳴る。
はっと顔を上げれば、烏野のエンドラインには旭先輩がボールを構えていて。
い、いつのまに・・・!
もうルーチンに入っている先輩に、これ以上声をかけるのは集中を妨げるだけ。
ぐっと息を飲んで見守れば、勢いよく振り下ろされた手が綺麗に球に当たって、ほぼ直線コースで相手コートに向かっていった。
条善寺は何とか拾うものの、とても攻撃に繋げられる球は上がらない。


「チャンスボール!」

「チャンボ!」


チャンスボール。
そう思ったそれは、きっと間違いじゃない。
条善寺の1番が、踏み込む。


「―――違う」


飛び上がった山吹色が、身体を捻らせて―――振り下ろした。
バァンッ、と、ボールが床に叩きつけられる音が耳を劈く。
鳴るはずのない音。鳴るはずのない場所。
予想していなかったそれは、キン、と耳を刺激した。


「イエッヘェーイ!!」


着地したばかりだというのに飛び上がる1番の姿に圧倒されながら、その身体能力の高さに思わず舌を巻く。
旭先輩も一本で切られるとは思っていなかったのか、驚きと悔しさを綯い交ぜにしたような表情だ。
条善寺のサーブで始まった二本目も、予想外の動きでボールは繋がり、また攻撃で返される。


「(・・・怖、い)」


ボールが、繋がる。
音駒との試合が蘇るけれど、それとはまた違った巧みさ。
決して、レシーブが上手いわけではない。あ、ぃや・・っ、僕よりは、断然上手いのだけど。
ただ、ひとつのボールに対する執念と言うか、執着と言うか・・・


「なんかこう・・・体育で、すげえ運動能力高い野球部とかと試合してるみたいだ・・・」

「!確かに。型にはまってなくて、何してくるかわかんない感じがそうですね・・・」


菅原先輩が誰にともなく呟いた言葉に、縁下先輩が相槌を打つ。
成程、とこっそり納得して頷けば、なんだか得体の知れないものだった条善寺が同じ高校生だと実感できたような気がした。
・・・事も無げにスパンと決められた速攻に、だからどうしたと言われた気分になったけど。
着々と重ねられていく点数に、一向に決まらない攻撃に、次第に心拍数が上がっていくのを感じる。


「一本!ここで切るぞ!」

「い・・・一本!」


周りの声につられるように声を張り上げても、きっとウォームアップゾーンの中にいる人ぐらいにしか聞こえていないのだろうけど。
それでも、腹の中で蠢く不安をかき消すには、これしかないから。
条善寺の3番の人に向かって、ボールがバウンドしていく。
条善寺のサーブは、特にすごく取りづらいわけじゃない。
ただ、何と言うか―――安定してない分、どうなるかわからないという怖さもあって。

ピーッ

主審の笛が鳴って、間をおかずに上げられるサーブトス。
続いて、モーションに入って。

ピク、と。

自分の身体が、前のめりになるのを感じるが早いか。


「―――前っ」


打たれた瞬間、そう口をついたのが、早かったか。
まっすぐに飛んだ球は白帯に当たり、田中先輩がとっさに前に飛び出す。
かろうじて拾ったボールはけれど、ギャラリーの方向へ―――


「!?」

「!!?飛んだっ!」


とっさに追いかけた日向君が跳躍して、ボールをコートに叩き戻す。
壁にぶつかりそうになったのも見事回避して、床に落ちそうになったボールは西谷先輩のファインプレーで相手コートへ。


「―――うしろっ!下がれっ!」


相手も予想していなかったのか、にわかにコート内が浮き足立つ。
けれど、時既に遅し。


「運動能力が高くて、何やらかしてくるかわかんない奴」


菅原先輩の、楽しげな声が嬉しそうな雰囲気とともに伝わってくる。
ピッ、と短いホイッスルのあと、水平に伸ばされた腕は烏野で。


「そういうの、烏野にも居たな」

「「「ソォイ!!」」」


ようやく決まった、それも鼻をあかすのに最高の攻撃に、烏野の雰囲気が一気に浮上する。
次は影山君のサーブだし、上手くいけばこのまま連続得点できるかもしれない。


「・・・三人のファインプレーにちょっと飲まれかけてたけどさ」


球が影山君の下へ向かうのを若干わくわくしながら目で追っていると、不意に耳に滑り込んできた声。
こんなにいろんな音のする体育館の中なのにはっきり届いたそれに顔を向ければ、振り返っていた菅原先輩とパチリと目が合った。
じっと逸らされることのない視線にうろたえていると先輩が一歩後ろに下がって近付いてきて、思わず同じだけ下がってしまう。
それも、む、と軽くしかめられた顔にビタリと動きを止めたけれど。
な、何、何かしたっけ・・・!?お、怒られ・・・っ!?
じわりと歪む世界をどうすることもできずに、視線だけがきょろきょろと逃げ場を探すように惑う。
そんな大野の様子を見て何かを悟ったのか、菅原先輩は「怒ってるわけじゃないべ?」と困ったように笑った。


「大野さっきさ、ネットインってわかってたろ」

「っ!?えっ、あっ、ぃ、・・・や、た、たまたま、で・・・っ」

「あぁ違う違う、だから責めてるわけじゃないって」


コートの中にいるときは、ボールが飛んでくる軌道を見て“ネットインだ”と気付くことはよくある。
でも、コートの外にいるときに、しかもほとんど打たれたと同時に確信をもったのなんて、初めてで。
確証はないのに自信だけが付きまとう感覚に戸惑いながらどうしよう、と言葉を捜していると、菅原先輩に笑って手を振られた。


「そうじゃなくてな。もし今度もネットインかもって思ったら、今度は腹から声出してくれ」

「ぇっ・・・で、でも・・・」

「お前のサーブ判断なら、信じられる」

「ぅ・・・・・・ぇっ・・・」


そんな真っ直ぐな瞳で、見ないでほしい。
自分でも自信がもてないのに、僕よりも自信満々に信じないでほしい。
・・・そんなこと、言えないけど。だからって自信は、まだもてないけれど。


「・・・が、がんばり、ます・・・」


逃げられない眼差しに負けてアリの声の如く呟けば、先輩は満足げに「ん!」と笑ってコートのほうに意識を戻す。
・・・言ったからには、頑張らないと・・・
・・・・・・きっと先輩は、それも見越して返事をさせたんだろうなぁ・・・
嬉しいような、ちょっと怖いような。
そんな気分になりながら、菅原先輩に続くように「ナイッサー!も一本!」と声を出した。


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