澤村先輩には迷惑をかけてます


春高、一日目が終わった。
やった試合はひとつだけ。
普段の練習と比べれば、なんてことないはずの運動量。
だが、終わったときの疲労感・汗の量・足の力が抜ける感覚。
どれをとっても、“なんてことない”なんて、口が裂けても言えるはずがなかった。


「―――よし」


学校に帰って試合後のミーティングをし、明日に向けての円陣を組む。
明日は、二試合。
勝つのだから、今日の倍、戦うんだ。


「―――必ず、」


手のひらを、握りこむ。
昼間の感覚を、忘れないように。
勝利を、掴むように。
これで終わりなんて、絶対にないように。


「明日も生き残る」


死んで、たまるか。


「烏野ファイ!」

「「「オース!!!」」」


耳に馴染んだ声の響きを何度でも思い出せるよう、しっかりと耳に刻み込んだ。










「影山、しっかり安静にしておくんだぞ。今夜は特に」


「今日はゆっくり休めよー」というコーチの言いつけどおりに帰ろうとする影山を呼び止めれば、上げた顔には「?」とわかりやすくクエスチョンマークがついている。
それが「何を当然のことを」という意味ならまぁいいんだけど、影山の場合「なんでだ?」のほうが意味合いが強そうで怖いんだよな。
いや、まぁ、自己管理も優秀な選手の条件なんだから、全く分かってないなんてことはないと思うんだが。


「鼻血は癖になりやすいからな。頭に血が上がって、ぶつけてもないのに鼻血で交代、なんてことになったらお前も嫌だろ?」

「!ウス」

「やっちゃんにも世話になったみたいだし、改めて礼言っとけよー」

「・・・・・・、ッス」


なんとも素直な返事をして、険しい顔で体育館の中を見渡す影山。
今は元気そうな様子だけど、鼻血事件のことを思い浮かべれば、脳裏を過ぎるのは「鼻血なんて出てません!」と血だらけの顔で主張する影山の顔。
あれは中々スプラッタだった。突っ込みが勝ったけど。
それから、タオルで鼻を押さえながら、鼻声で大野に怒鳴る姿。
・・・そういえば大野も大分パニクってたみたいだけど、大丈夫か?
影山に続くように何気なくキョロ、と体育館の中を見渡して、そう離れてもいないところで大野が話しているのが見えた。
―――やっちゃんと。


「あの・・・」

「まっ待て待て待て!影山!おすわり!」

「!?」

「あ、つい」


やっちゃんが誰としゃべっていようがかまわずに突貫する影山に、思わずしつけの言葉が口をつく。
首根っこを掴んで引き止めたことも合間って、ギシリと動きを止めた影山に悪いと思いつつ、二人の会話にそっと耳を済ませた。
い、いや。これは別に好奇心とかそういうわけじゃなくてだな。
主将として、部内の人間関係は把握しておきたいというか。
ていうか、あいつら付き合ってるのか?まだなのか?
はっきりしない分、こっちも対応しづらいんだよ!


「―――も、一長一短・・・らしいよ」

「そうなんですか・・・!知らなかった!私ももっと医学について学ばないとなぁ・・・」

「い、医学ってほどのものじゃ・・・知識だけあっても、実際使えなきゃ意味、ないし・・・」


尻すぼみになっていく大野の声はかなり聞き取りづらいが、どうやら影山の鼻血事件のことを話しているらしい。
色気のある話題ではないが、大野が恐縮している様子もないし、これは・・・いい雰囲気、ってやつなんじゃないか?
「何何?」と寄ってきたスガと旭にも静かにするように促せば、視線の先を追って察した二人もそっと息を潜める。
もちろん体育館の中、何の遮蔽物もないところで身を寄せ合って息を潜める4人の姿はかなり変だが、ようはあの二人に気付かれなければいいのだ。
影山も首をかしげながらも静かにしているし、ひとまずはもう少し様子を見よう。


「で、でも知らない人に教えられますよ!できる人にお願いするとか!」

「あ・・・そういえば、谷地さん・・・今日、影山君に付き添った・・・んだよ、ね?」

「あ、うん。医務室まで・・・処置をしたのは、医務室にいたお医者さんだったけど」

「すごいなぁ・・・僕、人の血ってダメで・・・自分の血なら、痛さもわかるし、大丈夫なんだけど・・・。うぅ・・・想像するだけで胃がキュゥってなる・・・」

「そ、そうなんだ?確かに傷口をじっくり見るのはちょっとクラクラするけど、血自体は見慣れてるしなぁ・・・、・・・、・・・・・・!?」


あ。噴火した。
大野が、やっちゃんが影山に付き添ったことを気にしているあたり、「お?」と思ったけど、どうやらそれより大事件が勃発してしまったらしい。
やっちゃん、女の子だもんなぁ・・・。男の俺らには、分からん世界だ。
そして、あの場にいなくてよかった、と大野には悪いけどほっと胸をなでおろす。
あれは困る。何がって、やっちゃん自身も、ネタにしようとして言ったわけじゃないところが困る。
フォローを入れようにも知ったような口も利けないし、大野、どうすんのかなぁ・・・
同情の意味も込めて生暖かい眼差しを送れば、けれど。
そこにあったのは、やっちゃんと同じような噴火顔・・・では、なかった。


「み、見慣れてるの?谷地さんの家って・・・あ、れ?デザイナーさん・・・え?病院とか、じゃ・・・えっ、も、もしかして、料理のときに手を切るとか!?」

「!?」


コレはまずい!


「いけ影山!GO!」

「!?ウ、ウスッ」


とっさに、大野と同様、話が分かっていないらしい影山を突貫させる。
!?マークと汗マークを同時に乱舞させてる大野とやっちゃんだけど、多分意味は結構違う。
ていうか、絶対全然違う。


「まじか大野・・・」

「純粋というより、保健の授業どうしたんだろう・・・」

「多分、知識としては知ってても、今の流れで思いつかなかったんだろうな・・・」


あまりの出来事に、思わず三人で顔を見合わせる。
大野のことだ。家に帰ってから思い返して、理由に気付いて悶絶する姿が想像に難くない。
とりあえずは影山がやっちゃんに話しかけたことで話題は軌道修正するだろうし、時間も時間だ。そろそろ切り上げるように声を出してもいいか、と周りの様子を見渡した。
・・・明日、響かなきゃいいんだけど。
精神状態が盛大に影響する大野のサーブを思い出して、できれば失言に気付きませんように、とそっと祈って息を吸い込んだ。










自分が最悪の影響を与えるなんて、思いもせず。


=〇=〇=〇=〇=〇=
prev/back/next