コーチの見る景色


春高二日目、準々決勝。
今日の相手は、おそらく烏野と相性の悪い・・・和久谷南高校。
試合開始の一本目、狼煙に上がった日向の速攻にも全く慌てる様子がない辺り、しっかり研究・対策まで練られているんだろう。


「圭吾・・・頼めるか?」

「はっ・・・はいっ」


中盤までいっても変わらないこう着状態に、流れを変えようと日向と交代で圭吾を投入する。
けれど、副審のホイッスルにこちらを見た和久南の視線が、圭吾を捉えた瞬間・・・思わず、自分の眉間に皺が寄るのを感じた。


「おーし、一本目一本目ぇー」

「二本で切るぞ!」

「しっかり見ろよー!」


まるで “来た、”と言わんばかりの盛り上がりに、圭吾もばっちり研究済みかよ、と。
舌打ちしそうになるのをぐっとこらえて、ふぅ、と大きく息をついた。
言葉を聞く限り、一本目で様子を見て、二本目で確実に取るといったとこだろう。
確かに・・・圭吾は一本目で相手の様子を見て、二本目を臨機応変に変えていくタイプだ。
ドライブが取られればフローターを、拾われたら別の場所を。
そうして選ぶのは、当然“次取られにくいサーブ”。


「これは・・・大野君も研究されていると思っていいようですね」

「アイツも結構点取りにくるからな」


圭吾の選ぶサーブの傾向を研究されてしまえば、何を出すかの予測は十分付いてしまう。
そう考えれば確かに、圭吾は研究しておいて損はないタイプだ。
けれどだからといってあの圭吾が、研究されることに慣れているとも思いにくいし・・・
かといって日向のように、研究されていることにテンションの上がるタイプでもないだろう。
大丈夫か?と様子を見たが、いつものようにエンドラインで振り返った圭吾の顔には普段と違った様子は見られない。
精神的なところは大丈夫、ってことか。
問題は、手を読まれることに関してだが・・・


「だ、大丈夫でしょうか?傾向を読まれては、打ちづらいのでは・・・」

「―――大丈夫だ」


圭吾が編み出した新サーブ・・・逆回転のサーブは、公式戦ではまだ使ったことがない。
高校生相手に使ったのは梟谷グループの面々が最初だし、県予選の今その情報が漏れているとも考えづらい。


「―――いきます」


さらに、そのときはまだ未完成といっても過言ではなかったサーブが、ほぼ確実に決まるようになった今!


「!っすまんカバー!」

「ナイスカットナイスカット!」

「繋げ繋げ!」

「・・・・・・」

「・・・ひ、拾われちゃいましたね・・・」


武田先生の気まずそうな声を耳に入れながら、今見たものをもう一度脳内で再生して・・・それからようやく、事実へとたどり着く。
お見合いを誘ってだろう、3年と1年の間を狙って・・・ジャンプ・・・フローター?
今の場面は、意表を付く意味でも新しいサーブだろう。
確かに一発目影山のジャンプドライブサーブが和久南の1番に綺麗にカットされたことを考えれば、圭吾がドライブサーブを打つことは考えにくいが・・・
首をかしげながら続く戦況を見れば、相手のレシーブは上手く崩せたようで、月島のドシャットが綺麗に嵌る。
ズダン!と和久南のコートに叩き落されたボールに腑に落ちないながらもまぁいいか、と頬杖を付いて、再び圭吾へと転がっていく球に目だけを動かした。

二本目。


「ッサー一本!」

「もう一本いったれ!!」

「ナイサー」


声援を受けて、ホイッスルを受けて、一呼吸。
伏せていた目をふっと上げた圭吾の目には、一体どんな世界が映っているのだろう。


「―――いきます」


キュキュ、とシューズの鳴る音が響いて、いい音と共に回転のない球が眼前のネットを越えていく。
今度は、さっきと反対側へのジャンプフローター。
だがやはり読まれていたのか、1年に近い場所に向けて打ったサーブは、3年が守備範囲を広げたことにより、セッターへと返って攻撃に繋がる。
だが勿論、こちらも負けちゃいない。


「旭さん!」


いい音を立てて5番の腕に当たった球は、そのまま床へと打ちつけられる。
しっかりと決めたスパイクに小さくガッツポーズを決めれば、再びボールは圭吾へとバウンドしていき・・・三本目。
19対16、順調に点差は開いていっている。
・・・まぁ、十分仕事はこなしてくれているんだが。


「―――いきます」


高く上げた球を追いかけて飛び上がり・・・ドライブ―――ッネットイン!


「ぬぉっ!?」

「ナイスナイス!」

「繋げ繋げ!」

「チャンスボール!」

「チャンボ!!」


上手く乱したが、あちらもやられてばかりではないらしい。
チャンスボールで返ってきた球を烏野は攻撃につなげたが、場所が悪く2番に正面で拾われてしまった。


「猛頼んだ!」

「オオッ!」


そして、1番の攻撃。
月島の腕に弾かれて外へと飛んだボールは、審判の腕を向こう側に伸ばさせた。
そしてそれは、圭吾が役目を終える合図。


「いいな大野!点差付いたぞ!」

「あっ・・・はぃ・・・っ」

「よくやった!」

「ぁ、ありがと、ござま・・・っ!」


副審に合図を出して圭吾を呼び寄せれば、指示を出すまでもなく日向と圭吾がサイドラインに並ぶ。
滞りなくコートに入っていった日向を見送り、指導を受けるために目の前に立った圭吾を、普段なら「お疲れさん」とすぐにウォームアップゾーンに返すんだが・・・今回は、そういうわけにもいかねぇな。


「圭吾・・・責めるわけじゃねぇんだが・・・。・・・なんで“お前のサーブ”を打たなかった?」

「・・・っ・・・ぁ・・・の、・・・そっ、の・・・・・・」

「試合を動かしたっつー点ではお前は十分仕事をこなしてくれたんだがよ。ただ、欲を言えば、あのサーブならもっといけたんじゃねぇかと思ってよ」

「・・・っ、ぇ・・・・・・ぅ・・・っ!」


自分が選手の立場だったら、“圭吾なりに考えがあったんだろう、”と無理に追求しない程度の疑問。
ただ自分がコーチという立場である以上、黙って通り過ぎるわけにもいかねぇだろうと引っかかったそれ。
そんなに重く聞いたつもりはなかったが、案の定と言うか、なんというか。
ユニフォームの裾を強く握り締めて視線を泳がせている圭吾には、どうやら答えにくい質問だったらしい。
まぁ別に今すぐ答えの必要な問題でもねぇし、圭吾にも言葉を纏める時間が必要だろう。
「また後で聞かせてくれ、」とウォームアップゾーンへ返そうと、手を上げて。
戦況を見ようと、圭吾から視線を逸らした、瞬間だった。


ゴッ


鈍い音が響いて、一瞬、空間から音が消える。

目に映ったのは、横たわる澤村。

普段見ることのない光景に、息が止まって。


「うっ・・・!?そ、・・・ぅあ、あ、・・・・・・!!!!!」


圭吾の絶望したような声が、酷く耳に残った。


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