決意


ピーッ!

―――次の試合の相手が、決まった。

サブアリーナに入って全員で簡単なアップを始める中、さっき廊下で烏養コーチや嶋田さんと話したことを思い出す。


『―――俺に、もう一回チャンスを下さい』

『自分がやりたいと思うことを、やって来いよ』


・・・ギュ、とユニフォームの胃の辺りを握りこむ。
嶋田さんは自分からコーチのところに行ったことを褒めてくれたけど、結局、成果が出せなければ意味がない。
「俺にチャンスを下さい」なんて宣言しちゃって・・・、それってつまり、次の試合、いや、すぐに始まるこの青城戦で、成果をださなくちゃいけないってことで。
この試合で、結果を出せなかったら・・・!?


「う゛っ・・・!」


お、おなか痛くなってきた・・・!
皆に「役立たず」「お前のせいで負けた」とか言われる自分の想像に絶大なダメージを喰らって、そのままその場にへたり込みそうなのをフラフラと谷地さんのところまで歩く。
こ、こんなんで本当にやれるのかな、俺・・・


「や・・・谷地さん・・・、い・・・胃薬ってあるかな・・・?」

「!?山口くん大丈夫!?」

「ゴメン、ちょっと緊張しちゃって・・・」


今薬を飲んだからってすぐに効くとも思えないけど、とりあえず気持ちだけでも飲んでおいた方がスッキリする気がする。
救急箱の中を漁る谷地さんの背中に謝ると、谷地さんは薬を探す手を止めて、勢いよく振り返ってきた。


「!私!緊張にかけてはけっこう自信あるんだ!!」

「えっ!?自信??緊張に??」


何それ!?と話を聞けば、緊張のしすぎで命の危険を感じることもあるという谷地さん。
ふっと誰かの姿が脳裏をよぎったけど、「話してすっきりした方がいいよ!」と力説する谷地さんに、ちょっと情けないな、なんて思いながら「お・・・俺・・・」なんて口を開いた。
IH予選で、青城戦にピンチサーバーとして初めて出たこと。
俺が決めてたら、勝ててたかもしれないこと。
話しているうちにその時の情景、気持ちが思い出されて・・・


「なのに、俺はミスって・・・!だからまた、そうなったらって思うと・・・!」


悔しくて、怖くて。
思わず、手のひらに痛みを感じるくらいに拳を握りしめる。
力、抜かないと。そう思っても、どうしても力が抜けなくて。


「・・・そ・・・!?」

「・・・?」

「そんなチームのピンチを任されたと・・・!?」

「!!?」


そう返ってくるとは思わなかった!
予想外の反応に、思わずさっきまでとは違う意味で身体に緊張が走る。
さっきまでの自信満々な姿はどこにいったのか、「心臓出る・・・!口から出る・・・!」とものすごい勢いで緊張し始めた谷地さん。
あぁ、なんかこの感じ久しぶりだな、なんて思う暇もなく、「のっ飲み込んで!」とか「110番か!?」「119ですよ」とか、しばらく騒いで。
そんなことしてるうちに、いつの間にか手の力は抜けていた。











集合がかかって、試合用のメインアリーナへと全員で向かう。
レギュラーの皆の背中を見ながら、ボールボックスを押すのが今の俺の役目。
特に、それに文句を思ったことはなかった。
一年生なんだから、当然だと思ってた。

―――でも、これで、満足しちゃ駄目なんだ。

いや、ボールボックスを押すのが嫌とか、そういうわけじゃないんだけど。
ドキドキと走る心臓を宥めるように、ゆっくりと息を吸って、吐いて、と整える。
そうやって耳をすませば、周りからも「フー・・・」と息を吐き出す音が聞こえてきたり、大きく肩が上下するのが見えたり。
皆同じなんだ、って思って、少しだけ肩の力が抜けた気がした。


「勝て、たから・・・よかった・・・?、ち、が・・・」

「・・・?」


そんな風に、耳をすませたからこそ聞こえた、ほんのかすかな呟き。
声の出所を探して・・・さっき脳裏をよぎったのは彼だったんだ、なんて今頃になって納得した。


「・・・駄目、そんなこと、言ってたら・・・、最、悪だ・・・、・・・負けるまで、繰り返しちゃう・・・っ」

「お・・・大野?」


人数分のボトルを入れた籠を揺らしながら、深くうつむいた大野がぼそぼそと呟く。
その光景はきっと夜中見たら相当くるものがあるだろうな、なんて考えて、今昼間でよかった、なんて思って。
次の言葉に、一気に気持ちが引き締まるのを感じた。


「駄目、なんだ・・・!ちゃんと、“今”の試合に、勝たないと・・・!」

「・・・大野?」

「っ・・・!」


『大丈夫?』


口から出かけた言葉は、音にならずに消えていく。
光のない目。こっちとは、絶対に合わせようとしない視線。
・・・たぶん今、大野は戦ってる。
詳しいことはわからないけど、きっと今、大野にそういう言葉をかけちゃ、駄目だ。


「・・・大野は、さ・・・どうやって、克服してきた・・・?」


その代わり、口をついて出たのはそんな言葉。
ピンチサーバーとしては、俺よりずっと経験を積んできている大野。
そんな大野なら、今の俺みたいに・・・失敗や負けを、何度も乗り越えてきたんじゃないかと思った。

どうやって、乗り越えた?

大野が、へなちょこな割にへなちょこじゃないことは、もう知ってる。
そういうのから、逃げてないって、知ってる。


「俺、・・・ピンサーで打つとき、どうしても失敗のイメージがチラついちゃって・・・」


大野なら、わかってくれるんじゃないかって。
大野なら、同じ苦しみを味わってきたんじゃないかって。
それで、それを乗り越えてきて、今ここにいるんじゃないか、って。
そんな意味を込めてじっと見つめれば、チラ、と上がった視線がかち合って―――すぐ逸れて。


「・・・・・・ぼ・・・く、は・・・」


さっきよりは大きい、ちゃんと俺と話そうとしてる声の大きさで。
大野は、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。


「・・・いつも、おいちゃんに、蹴とばされて・・・っあ、いや・・・、本当に蹴られたわけじゃ、ないんだけど・・・っ・・・その、僕、こんな、だから・・・、・・・何度も、同じこと、ずっと言われてきて・・・」


僕物覚えが悪いから、と何度も自分を卑下する様子を話半分で聞き流しながら、じっくりと本題を待つ。
大野って、前置きが長いほど、強気なことを言うことが多いんだよね。
付き合っていく中で、知れたことの一つ。

だから、今。

大野の言葉を待つ意味は、たぶん、大きい。


「失敗は・・・考えた時点で、“失敗”だ・・・って・・・、“成功”の・・・“勝ち”のイメージを、持ち続けろ、って・・・」

「・・・うん」

「“お前は主役なんだから”・・・って、何度も、言われて・・・」

「・・・うん?」


前半は正直、それが難しいんだって、なんて思ってた。
けど後半に現れた言葉に、思わず首を傾けた。

主、役?

わかりやすく「わからない」という仕草をしたせいか、大野が慌てて説明をつけ加える。


「あのっ・・・!ピンチは、その、僕たちピンチッ、サーバー、・・・っ実力、発揮する、チャンス・・・!で!それに、あの、え、えっと・・・!っ“最高の舞台を整えてもらえた”って、傲慢になれ、って・・・!」

「う、うん。落ち着いて、大野」


大野の口から“傲慢になれ”なんて言葉が出てくるとは思わなくて、ちょっと俺も混乱してる。
どうしよう。“主役”について聞いたはずなのに、傲慢にしか頭がいかない・・・!
少し冷静になろうと大野から視線を外せば、話に集中していたせいか皆から少し遅れていることに気付いた。
いけない、と足を少し速めて、大野より少し前を進む。


「エンドラインに立てるのは、一人」


そして後ろから聞こえた声に、思わず完全に足を止めた。







「その瞬間・・・だけ、は・・・“主役”の座は、譲れない」







振り返った、先。

さっきと変わらない、重そうなボトルの籠を持って立っているだけの、大野。

目だって、合ってるわけでもない、のに。


「そう、言われて、育ってきたから・・・染み、ついちゃってるの、かも・・・」


へにゃ、と下がった眉尻に、はっ、と呼吸を思い出す。
じわりと感じる手汗は、試合に対するそれとは、また別のものだろう。


「ごめん・・・!本当は、皆がボールに触れた方がいいんだろうけど・・・!」

「いやそれフォア(3回以内に返せないこと)じゃない!?」


思わず突っ込めば、「でも、でも・・・!」とさっきまでの面影もなくへなちょこな大野。

・・・さっきの、あの雰囲気が大野の、プライド?



『主役の座は、譲れない』



それが、大野の自負、なら。


「・・・俺も、負けないから!」

「ひぇっ・・・!?」


その一言を、口に出せた。そのプライドのために今、何かと戦っている。
それだけで、大野が・・・いや、大野も、“今までとは違うプレイヤー”なんだって、確信した。


=〇=〇=〇=〇=〇=
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