殻破る時


「先、レシーブで」

「じゃあ、サーブで」


ドクン、ドクン、と心臓が痛い胸をぐっと押して、肺を空っぽにするつもりで息を吐き出す。
主審のホイッスルに続いて主将の「集合ー!」の声が響いて、「オォッ!」と腹から声を出して走りだした。
向かう先は、エンドライン。
練習のとき、ポジションを取る位置よりは、ずっと左。
ツッキーに続いて横の位置を軽く整えて、視線を、前に。

―――あぁ、
―――この視界を、試合中に

ピーッ!


「「「お願いしアース!!」」」








青葉城西高校との、1セット目が始まった。
初めのサーブは、青城。
初っ端から大王様のサーブで、正直、ウォームアップゾーンにいるだけなのに、すごく怖い。


「ナイッサァー!」

「ショウユーウ!」

「トンコォーツ!!」

「担々めェーん!!」

「決めてほしいの!?ミスってほしいの!?」


・・・向こうの掛け声には、思わず笑いそうになっちゃったけど。
それが余裕の表れなのか、余計な力を抜くためのチームメイトなりの気づかいなのか、それはよくわからない。
でも、主審のホイッスルに合わせて大王様が打ったサーブは、相変わらず影山よりも殺人的に凶悪だった。
でも、俺だったら足が動く前に決まっちゃってるようなそれは、主将がしっかりと上げてくれて。
それだけで鳥肌が立ちそうなプレーを、引き継ぐように。


「決めた奴らが一番びっくりしてる!!」


西谷さんが上げたトスを旭さんがバックアタックで決めたり。


「田中よく入ってきたな!?」


ネットを超えそうなボールを影山がワンハンドトスをして、それを田中さんが決めたり。
それぞれがそれぞれにできる最大限の力を発揮して、十分に戦えている、と手ごたえを感じることができた。
ただ、もちろん・・・青城だって、弱いはずがなくて。


「ウェーイ!ナーイスキィー」

「ナイストスです」


相変わらず、セッターじゃない人でも当然のようにトスを上げるし。


「(クロスには打たないでね?打てないよね??)」


日向の移動攻撃も、一枚とはいえブロックがついて、コースを絞らされてしまえば決まる確率は一気に下がる。
結局ほとんど、点を入れたり入れられたりのシーソーゲーム。
何か、このセットを獲るために―――何か。


「田中ナイッサー!」

「・・・ナイッサー!一本!」


・・・今、田中さんのサーブ。
次、サーブ権が回ってきたら、日向のサーブだ。


「・・・・・・・・・」


少し考えて、そっとベンチを盗み見る。
ピンチサーバーに代わるとしたら、ツッキーか、日向。
呼ばれるとしたら、今・・・?


「・・・・・・!」


烏養コーチの視線が、こちらを向いていることに気付いて、思わず大野を振り返る。





思わず、大野を、振り返って。






「・・・・・・っ!!」


自分が今、とんでもなく馬鹿なことをしたことに、気付いた。


・・・なんで、大野が呼ばれること前提にしてんだよ・・・!


おかしいだろ。俺だってピンチサーバーだ。試合前にコーチに啖呵切ったくせして、何でいざってときは大野頼りなんだよ!?
ギリ、と爪が手のひらに食い込みそうなくらい、強く拳を握りしめる。
悔しくて、―――悔しくて。
無意識に大野を頼ってしまったことも。
コーチの視線も大野を向いていることも。
大野の方が上手いって、心のどこかで諦めてしまっていることも。


「「オアァァア!!!」」

「日向ナイスキー!!」


IH予選の苦さをずっと残していた、日向のスパイクが決まった。
コート内が一気に勢いを増して、ずっと差がつかなかった点数が、動いた。
あと2点。コート内の調子もいいし、ピンチサーバーの出番はきっとない。
日向も大野も、皆、自分の殻を破ろうとしてるのに、俺だけまだ、何もない。
俺だけ、なんの、変化も―――


『お前はもう、今までとは決定的に違う選手だ』


「―――・・・」


ピーッ

主審のホイッスルが、思考を裂く。
はっと気付いて得点板を見れば、“青葉西城”の文字の下に、23。
“烏野”に・・・25。


「・・・ら・・・ラッキィ」


菅原先輩の何とか絞り出したような声と、新しいメンバーの入った青城から感じる、異様な雰囲気。
一セット目を獲ったんだ、という高揚はあっという間にかき消されて、言いしれない不安感だけが残された。


=〇=〇=〇=〇=〇=
prev/back/next