控える、だけじゃない
コートチェンジをして、第二セット。
第一セットの最後に入った、京谷という二年生メンバーが今度はスターティングメンバーだった。
第一セットの最後の印象通り、荒々しいスパイクでもぎ取るように点数を重ねていく京谷。
出だしのペースを持っていかれて、烏野は今、2,3点を追いかける形になっている。
―――ピンチ、だ。
ピンチサーバーが、実力を発揮する、チャンス。
「・・・・・・」
今度は、意識して大野の様子を見る。
第一セットのときから変わらない、何かに怯えるような表情。
両手はずっとユニフォームの胃の辺りを強く握りしめていて、背中は一回り小さく見えるくらいに丸まっている。
目、だけは。唇を噛みしめながらも、じっとコートを見つめては、いるんだけど。
「・・・なぁ、大野。何怖がってんの?」
「っ・・・!」
「・・・あ、大野。ベンチ呼んでる」
「ぁ・・・っ」
俺の言葉に弾かれたように顔を上げた大野だったけど、タイミング悪く木下先輩から声がかかって、逡巡したもののすぐにベンチの方に向かう。
残されたのは、口から出た言葉に早くも後悔する俺と、重くなった空気。
それから、俺の一言を聞いて、困ったように笑う、スガさん。
「・・・山口、」
「・・・俺、大野を買いかぶりすぎてたんでしょうか・・・」
ピッと短いホイッスルとともに、主審の腕が青城に伸びる。
4点差、だよ。
これってさ、結構なピンチだと思うの、俺だけ?
『“最高の舞台を整えてもらえた”って、傲慢になれ』なんじゃないの?
試合前に見せた“プライド”は、飾りだったの?
そう考えたら無性に腹が立ってきて、思わずあんなことを言ってしまった。
でも。
大野は、俺にとって手本も同然だったのに。
それが、裏切られたような、気がして。
スガさんは何か言いたげな様子で、たぶん、俺が言い過ぎたんだろうけど。
それでも、やっぱり、・・・悔しくて。
「・・・あ、の。菅原先輩、こ、コーチが呼んでました・・・」
「え・・・あ、あぁ」
戻ってきた大野は、どうやらピンチサーバーに呼ばれたわけじゃなかったらしい。
大野自身もどうして呼ばれたのかよく分かっていないようで、少し戸惑ったように元の位置に戻る。
・・・いや、さっきより少し、遠い位置になってる、かな。
何かを言おうにも、その少しだけ遠ざかった距離がそのまま大野の壁の厚さな気がして、どうしても気おくれしてしまう。
そんなどうしようもないような空気のウォームアップゾーンをよそに、コート内の時間は着々と流れる。
点数は、重なっていく。
大きく離されることはないけれど、確実な差は、残したまま。
「あのさ、大野!」
「ひっき・・・!?」
コーチと少し話をしたスガさんが、少し慌てたように戻ってきて大野に声をかける。
てっきりそのままメンバーチェンジすると思ってたから、珍しい行動に思わず目を奪われた。
そして。
「次俺、月島と交代になったんだけど。お前だったら、どこ狙う?」
サーブ、と静かに問うスガさんに。
言われた瞬間、迷いなくコートに視線を移す、大野に。
―――勝つための迷いのなさを感じて、思わず、息までもが奪われた。
「・・・、・・・・・・ぁの、怖い人に・・・攻撃、させないように・・・ネットインで、できるだけ前に落とすか、右ラインギリギリで誘う、とか・・・」
「ラインギリギリは俺もドキドキするから、まぁ、前に落とすようにしてみるべ」
そう言いつつも、スガさんの視線はこっちを向いている。
・・・俺が、ぼやいたから。だから慌てて、こっちに戻ってきてくれたんですか?
大野も戦ってるんだって、教えるために?
「・・・多分お前の期待、外れてないべ」
「・・・!」
通り過ぎざまに俺だけに聞こえるように囁かれた言葉は、俺の予想を肯定していた。
いまだ、じっとコートを見つめ続ける大野。
その視線の先で、メンバーチェンジをするスガさんとツッキー。
サーブに入ったスガさんは、大野に言った通り、京谷がレシーブするように打った。
―――試合が、動く。
烏野が、点を重ねる。
青城が、タイムアウトをとる。
スガさんのサーブは、すぐに対策が取られて、再び青城の得点になる。
でも、もし大野だったら、なんて、考えてみたりもして。
「・・・大野、」
「っ・・・!?」
壁を、乗り越えるように。
大野との距離を、一歩。
怯えた大野の表情は、できるだけ見ないようにして。
「・・・さっきスガさんと話してたんだけど、俺、結構大野のことスゲーって思ってるんだ」
「えっ・・・、!?・・・!?」
でも、
背中を丸めて。
見るだけで。口を出すだけで。
コートに、入らないのなら。
「大野に出番全部取られて、はいそうですかってなれるほど、バレー諦めてない」
俺が、その役目したって、文句ないよね?
「何怖がってるのか知らないけど、出番くれるなら、遠慮なくもらっていくから」
「・・・!」
点差は、4点。
さっきスガさんが詰めた点数も、また戻されてしまっている。
さっきと、同じ。
―――ピンチ。
・・・打ちたい。
俺が打って、ピンチをしのぎたい。
―――勝ちたい!
“俺に、行かせて下さい。”
そんな気持ちを込めて、全力でコーチに向けて視線を送る。
苦笑して向けられたコーチの視線は、今度こそ、俺とかち合った。
―――23対、19
4点。いや、6点。
追いつくだけじゃだめだ。追い越さないと。
「山口10点獲れ!!!」
「それ試合終わるけど」
「許す!!!」
日向とプレートを交換して、そういえば大野も前、そんなこと言ってたなとか思い出す。
ピンチサーバーは、10点が基準値なんだろうか、なんて少し笑って。
「1発行ったれ山口ィー!!」
「へ、へいじょっ、平常心だぞっ」
「ナイッサー!」
「ナイサー」
「思いっきり行けよ」
「ハイ!」
皆から声援を受けて、ボールを受け取って。
急ぎ足にエンドラインに向かえば、ウォームアップゾーンからも「「「一本ナイッサーブ!!!」」」なんて振り付きで言われて。
集中するために息を吐き出して前を見据えれば、試合前に見たのと同じ光景。
違うのは、気迫。
―――でも、それなら、俺だって。
覚悟を、決めてきたんだから。
ピーッ
主審の笛が、鳴り響く。
どうしても未だ慣れることのできないその音に、一回深呼吸。
高鳴る心臓の鼓動を、ゆっくりと鎮めるように。
『・・・8秒。笛が鳴ってからサーブ打つまでに猶予があるの、わかってるよな?』
大丈夫です。今度は、焦ってませんから。
だって、ピンチサーバーの二人に聞いたんだ、同じこと。
『さ、サーブは・・・8秒、あるから・・・』
8秒、じっくりと身体から余計な力を抜いて。
斜め前に高く上げたボールを追いかけて、強く、高く、飛び上がった。
=〇=〇=〇=〇=〇=
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