へなちょこの、殻


綺麗なサーブを打ってコートに入っていく山口君を見送って、「ナイッサー!」と声を上げる。


「アウト!」


青城の二人から上がった声は、けれど違う。
なんて綺麗な無回転。距離・高さもきっと、今狙うべき最高のポイントに。
ドッ・・・とコートの中に落ちたボールに、知らず詰めていた息をほぅ、と吐き出した。


「・・・すごいなぁ」


上手くなった、なんて、脳裏をよぎった上から目線の言葉をすぐに頭を振ってかき消す。
コートの中では雄たけびを上げる山口君にみんなが駆け寄っていて、僕も参加したいな、なんて傲慢なことを考えた。
隣では日向君と西谷先輩がコートに飛び込んでいきそうなのを菅原先輩に抑えられてて、これ以上菅原先輩に迷惑をかけるわけにもいかないと思いながらも、望むのはひとつ。
もし叶うなら、コートの、中で。


『お前、打つ気あるか?』

「・・・・・・・・・、」


さっき、烏養コーチに呼ばれたとき、何でもないことのように聞かれたそれを思い出す。
まるで明日の天気を聞くように。今日の夕飯を聞くように。
言葉だけを聞いたなら「やる気がないなら消えろ」と言われているように感じたかもしれないけれど、コーチの言葉からはそんな雰囲気を感じられなくて、思わず言葉に詰まってしまった。
どちらかというと、僕の気持ちを聞いているようで。


「・・・・・・・・・」


く、と拳に力がこもる。
いつも握りしめてばかりのユニフォームの裾は、一目で僕のだとわかるくらいにしわくちゃになってしまった。
試合前にアイロンをかけても、帰った時にはしわくちゃなみっともないソレ。
それでも、この13番は僕の数字で。

僕がもらった、ユニフォームで。

主審のホイッスルに顔を上げれば、二本目のサーブ。
練習で見たときと同じフォームで飛び上がった身体から放たれる、ジャンプフローター。
完璧なサーブだったけれど、青城だってそんなに甘いわけがない。
青城エースのスパイクが、苛立ちも含めて山口君へと強襲する。
逃げてしまいそうな勢い、気迫。
それでも逃げず、ボールに立ち向かう姿。


“サーブ権は、渡さない”


そんな思いが伝わってきそうな気迫が、山口君からも伝わってきてゾクリと震えた。
山口君が根性で拾ったボールは、月島君が上手くブロックに引っ掛けることで烏野の得点にして。
山口君のサーブは、なおも続く。


「ナイッサーもう一本!」

「ナイッサー!」

「・・・もう一本」

「―――うん!」

「(いいな、)」


月島君の言葉は何気ないはずなのに、その言葉の意味がはっきりと伝わる。
そんな言葉をかけられる山口君が羨ましくて。
ボールを渡される山口君が、羨ましくて。


『打ちたくなったら教えろ』


・・・僕に、コートに立つ資格があるんだろうか。
烏養コーチの問いへすぐ返事をすることができなかった僕に、ため息をつくでもなくそれだけ言って伝言を頼んだコーチ。
・・・コーチは、何を考えているんだろう。
僕がサーブを打ちたいかなんて、聞いて。


打ちたいか、なんて、聞かれて。


「・・・・・・ち、・・・ぃ・・・」


口をついて出た言葉に、胃の辺りをぎゅっと掴む。
言っていいの?本当に?
ううん。本当なら、駄目なはずなんだ。
でも、聞かれた。聞かれた。聞かれた。
聞かれた、って、ことは。
ぐるぐると回る思考に、目だけが自然と山口君の打ったサーブを追う。


「―――っ」


ほんの少しだけ浮いたボールに、自分が失敗した時のような心臓の縮まりを感じた。
失敗、じゃない。大丈夫、大丈夫。
まだ、山口君のサーブは通用してる。
・・・・・・で、でも・・・。
三連続の得点に、青城がTOをとる。
ベンチに集まってきたメンバーにタオルやボトルを配るのを手伝いながら、心臓が口から飛び出そうなほど勢いよく脈を打つのを感じた。
こんな、こと。僕なんかが言って、山口君が気分を害したら。逆に気にしすぎて、調子を崩したら。
コーチの言葉もほとんど頭に入ってこないままに時間は過ぎて、ホイッスルを合図にコートに向かって、僕に背を向ける12番。
まだ、なんていうかなんて考えもまとまってないし、そもそも言っていいのかすらも判断しかねているのに。


「?大野?」


気が付いたら、その服の裾に、掴まっていた。
サァっ、と指先から血の気が引いていくのを感じる。
どう、どうし、どうしよう。
手を離さなきゃ。試合が、行かせないと・・・!
そう思うのに、手は離れてくれなくて。


「・・・ボールが少し、浮いてるよ」


心臓の代わりに口から出たのは、静かな言葉だった。
まるでそれを言うと、決めていたかのように。


「・・・狙うのは、白帯」


白帯に当たるのは、運じゃない。
白帯に当たった時に、「ラッキー」なんて思わない。
確かに攻めたから、当たるんだ。


「・・・わかった!」


はっきりと頷いてくれた山口君にほっとして手から力が抜ける。
スルリと抜けたユニフォームはすぐにコートに戻っていって、先輩たちもウォームアップゾーンに戻っていく。


「・・・大野?」


ただ一人その場から動かない僕に、清水先輩が不思議そうに声をかけた。
視線が、僕にあつまってる。
極力それを意識しないように顔を上げれば、烏養コーチと目が合う。
からからに乾いた喉を何とか剥がそうと唾を飲もうとして、それもできないことにようやく気が付いた。
本当に、言っていいのかな。
山口君の調子のいいこの場面で、成長のチャンスを奪ってしまわないかな。
邪魔を、してしまわないかな。


「・・・・・・・・・っく・・・・・・っひ、」

「!?」


でも。だけど。


「・・・ち、・・・い、です・・・っ」


ごめん。山口君。
僕、最低だ。
自分で勝手に逃げて、そのくせ自分で戻ってきて。
なんてわがままで、なんて傲慢。

でも。


『“主役”の座は、譲れない』


ピンチサーバーとして。一選手として。
この気持ちにだけは、嘘はない!





「う゛ぢだい゛、でず・・・っ!!!」





ユニフォームをもらっているんだ。
このチームの、選手なんだ。
みんなと一緒に、コートに立つことだって。


「う゛・・・っ!う゛ぢ、・・・ふぇ゛・・・っ!う゛だぜで、ぐだざい゛・・・っ!!!」


みっともなく泣いてしまって、言葉になりそうにもないそれを何とか吐き出す。
視界は完全に水の中。コーチの表情どころか姿も見えなくて、とても怖い。
うわごとのように「打たせてください」と繰り返す僕は、どう映るんだろう。

「何をぬけぬけと、」と、軽蔑されるだろうか。
「何を言っているんだ、」と、不思議がられるだろうか。
「今は山口を使う」と、用済みになるだろうか。

・・・・・・怖い、けど。
言わないと、僕が試合に出たいという気持ちも、死んでしまう気が、して。
必死に顔を上げ続ける。
コーチが居るはずの場所に、届け、と。


「・・・まずは顔洗ってこい」

「・・・・・・っ!!!」


・・・・・・・だめ、


「んな情けねぇ顔じゃ、ナメられるだろうが。ここぞとばかりに威圧かけてくるぞ」

「・・・・・・・・・え、」


パチリ、と瞬きをした視界に、コーチの顔が鮮明に映る。
想像した、顔を見たくもない、なんて表情はどこにもなくて、ただ、真っすぐに見つめられて。


「お前の出番は3セット目だ。すぐ戻って来いよ」

「・・・・・・・・・!!」


でら、れる・・・?
試合に、出させて、もらえる?
みんなのために―――サーブが、打てる・・・!
さっきまで詰まっていたような肺に、新鮮な空気が流れ込んでくるのを感じる。
五感が戻ってくる。シューズの擦れる音に、エアーサロンパスのにおい。
―――あぁ、僕。


「・・・見せろよな、お前が出し惜しみした“武器”をよ」

「は、ぃ・・・・・・、っ・・・!はいっ!!」


コーチの言葉を背中に受けて清水先輩からタオルを受け取り、洗面所に走り出す。


―――おいちゃん、僕、僕ね。


やっぱり、このチームでできるバレーが大好きなんだ、と、再び滲む視界の中で考えた。


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