へなちょこなんて、誰が言う


「まだ始まったばっかだが―――まぁ、せっかくお前がやる気になってるんだ」


ニヤリと何かをたくらむような笑みの烏養コーチが、バシンと勢いよく僕の背中を叩く。


「火の点いてるうちに、燃えてこい!」

「っハイ!」


押し出されるように出た声は、たぶん人生で一番の大声だったと思う。










3対1、まだ試合は始まったばかりだというのに、青城に二点を先制されている。
僕の仕事は、この2点を奪い返して、流れを引き戻すこと。
・・・この人たちには、生半可なドライブサーブは通用しない。
何度か行った試合の中で、身に染みて感じたその実力。
向こうも、僕が出すのはフローターだとわかっているだろう。
逆に、それ以外であれば対処できる、その自信と実力が、ある。
出す手の限られるじゃんけんほど、勝負にならないものはない。

―――なら。


「ナイッサァー大野!」

「頼むぞ!」

「一本決めてけ!!」

「はいっ・・・!」


田中先輩とプレートを交換して、コートに入る。
あぁ、これだ。
この、熱気。
まるで空気の密度まで違うかのような感覚は酷く心臓を掴みあげるのに、じわりと身体に馴染むような気分に陥る。
息苦しい、はずなのに。
エンドラインに立って、前を見据える。


「ッサー!」

「ナイッサー!」

「一本!」


響く声。
味方も敵も、同じように声の届くこの位置。
コート全体が見えるこの場所が、僕の舞台。

―――嬉しい。・・・嬉しい・・・!

思わずにやけそうになる顔を隠すようにボールを近づけて、ぐっと一度身体中に力を込めた。

ピーッ


「・・・・・・」


主審のホイッスルに合わせて顔を上げて、コートを見据える。
狙い目は、16番。
彼に攻撃をさせないこと。自由に打たせないこと。
それだけで、彼を切り札として出してきた青城にとってのブレーキになる。
でも、彼を直接狙うのは菅原先輩がもうやった。同じ手が何度も通用する相手じゃない。

―――なら。


「―――いきます」


ボールがコートにある間、攻撃に繋がるまでの間は3手。
最後の一手が、彼でなくなればいいだけの、話。











「―――いきます」


背後から聞こえたその声に、正直、ぞっとした。
ボールを受け取った圭吾の口元はどことなく緩んでいるようで、大丈夫か?なんて不安に思ってたんだけど。
ゆっくりと顔を上げた圭吾の顔は、普段の性格からは考えられないような、“狙う者”の目で。
高く上げられたサーブトスに、慌ててネットに目を戻した。


「(なんだあれ・・・圭吾って、あんな顔もできたのか・・・!)」


自分と同じ気弱なタイプだったはずの後輩が、急に牙をむいたような感覚。
鋭い音の直後頭上を越えていったボールは、サイドラインギリギリで16番、京谷に向かっている。
少し意外だったのはボールに回転がかかっていることだったけど、コースは最高。
けど、それはさっきスガがやって、もう攻略された手だ。そう何度も同じ手が通用する相手じゃ―――


「オーライ!・・・ッ!?」


えっ、と、喉の奥で小さく声がなった。
ライトの京谷が攻撃に集中できるよう、センターにいた3番、花巻がレシーブに入ったところまでは案の定。
けれどそこまで強打でもなさそうなそのサーブを、花巻はレシーブミスで勢いよくコートの外に向けて弾き飛ばして。

ピッ


「「「・・・ナイッサァー!!!」」」


主審の腕がこちらに向けて伸ばされたところで、初めて圭吾がサービスエースを獲ったのだと理解できた。
青城の三年がレシーブミスをするという珍しい光景に思わず思考が一瞬停止してしまったけど、あの、ボールがあらぬ方向に飛んでいく感じ。レシーブした奴の、「わけがわからない」って顔。
もしかして・・・この、サーブって。


「よし!ナイスサーブだ大野!もう一本!」

「っ、はいっ!」


大地に渡ったボールがそのまま圭吾にパスされて、再びエンドラインへと戻っていく圭吾。


「ッサーナイッサー一本!」

「ナイサー」

「一本!」


さっきまでより、気合いの入った声。


「一本で切るよ!」

「足動かせ足ぃ!」

「オォッ!」


緊迫感に満ちる、青城のコート。


「―――いきます」


後ろを見なくてもわかる。
普段の自信のなさがまったく見当たらない、凛と通る声。
さっきと同じ、「絶対決めてやる」って声だ。
声が聞こえて、数瞬。キュキュ、とシューズが鳴って、ボールを叩く音。
圭吾の調子がいい時は、この音がまったく同じ間隔で聞こえる。
いいサーブだ、と頭上を通るボールに確信して行き先を見れば、さっきよりもボールの軌道が高い。
これだと京谷よりも、その後ろにいるラッキョ・・・ええと、金田一の方が適任だろう。
予想通り「オーライ!」と声を上げたのは金田一。
けど、―――回転が、かかっている。


「!?カバーカバー!」

「ッ・・・!」

「渡っちラスト!」

「ハイ!」


またコートの外に飛んでいったボールを、京谷が何とかつないでこちらのコートに返す。
もちろん、攻撃の形になんてなるわけがない。


「チャンスボール!」


『世界は僕と、ボールと、コートだけ』


以前緊張をほぐす方法についての話をしていたとき、圭吾が言った言葉。
コートのここに打てば、ネットインすれば、と、狙う“場所”を重視していた。
でも、今も同じこと、言えるか?


「旭さん!」

「オォッ!」


思い切り身体を跳ね上げて、全力で腕を振り下ろす。
ブロックに捕まることなく切り込まれたボールは、気持ちよくコートに叩きつけられた。


「おっしゃぁあ!!圭吾、ナイスサーブ!」

「はっひ・・・!せ、先輩も、ナイスキーですっ!」


他の奴とやるときと同じように片手を上げて近づいて、少し戸惑った後恐る恐る上げられた手にしっかりとハイタッチをかます。
すごいよ、お前。今青城から、実質2点をもぎ取ったのはお前の働きだ。
そんな思いが伝わるように。圭吾がまた、自信を失ってしまわないように。


「もう一本、頼むぞ!」

「っはいっ!」


一人一人のレシーブ力・役割・その瞬間のプレッシャーを考えて、狙う“相手”を変えていく。
ただでさえ取りにくいサーブにそんな心理戦まで加わったら、それは相手にとって最悪のサーブで、味方にとっちゃ最高のサーブだ。
それを―――打てるように、なったんだな。
出会った時から、ずっと練習していた逆回転のサーブ。
それを打てるようになったことも、十分すごいことだと思うけど。


「―――いきます」


・・・まだまだ、獲る気満々だな。
いつになく燃える圭吾の勢いに、押されるように「ナイッサー!」と声を上げた。


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