外から見た


―――サーブには、二種類あると思ってる。

一つは語源の通り、“サービス”するためのサーブ。
難なく取れて、こちらが万全の態勢で攻撃に挑むことのできるボールだ。

―――そして、


「―――いきます」


こちらに攻撃をさせる気なんてさらさらない。
むしろ点を寄越せと言わんばかりの、攻撃的で、無慈悲なサーブ。
・・・それがあのへなちょこ君から放たれているのかと思うと、ちょっと世の中信じられなくなりそうだよねー。


「カバーカバー!」

「くっ!」


さっきから全然ボールがこっちに返ってこなくて、今のサーブも向こうのコートに返すだけで精一杯。
連発するレシーブミスとか、皆の驚いた顔を見てれば、察しのいい及川さんだもの。何が起きてるかぐらいは見当がつく。
・・・さんざん、何とか克服しようと研究してきたボールだし、ね。


「・・・ウシワカちゃんジュニアか!っての」

「あ?」

「んーん。みんな一旦落ち着きなって〜急にサービスしちゃってどうしたの?」


皆のイラッとした顔なんていつものこと。「あ゛?」なんてだみ声のスルーなんて朝飯前。


「ウシワカちゃんより、ずっと軽いじゃない」


“いつも通りの俺”は、皆が最高のパフォーマンスを発揮するのに最適、でしょ?


「・・・!」

「おい、まじかよ・・・フォーム全然普通だったぞ」

「でも言われてみれば、この感じ・・・」

「ウシワカのサーブと同じ、か?」


ほら、みんなが徐々に気付き始めた。
伊達にここまで生き残ってないんだよ、へなちょこ君。


「ホラホラ、次が来るよ!今度こそ俺にボールちょーだいね?」


そしたら、君のサーブなんて一発で切ってあげるから。


「―――いきます」


―――あぁ、嫌だ。
君が出てくると、試合の流れが一気に持っていかれる。
・・・でも、それだって、すぐに取り返すことができるんだよ。
ドッ、と放たれたサーブは当然のように狂犬ちゃんに向かっていたけど、マッキーが「俺だ!」と声を上げて狂犬ちゃんを引かせる。
そうすれば―――


「・・・よし!」

「ナイスマッキー!」


威力自体はウシワカちゃんに及ぶべくもない、へなちょこ君のサーブ。
対処法さえ分かってしまえば、攻略だって容易い。


「(残念だったね、へなちょこ君)」


綺麗に頭上に返ってくるボールに合わせて両手を掲げ、きっと今、悲壮な表情をしているであろう彼の顔を思い浮かべる。
相手がうちじゃなければ、もっと点を稼げたかもしれないけれど。
サーブ一本で何でもできると思ったら、大間違いなんだよ!


「岩ちゃん!」

「オォッ!」


ウチの自慢のエースに最適のトスを上げれば、必然のようにそこにいた岩ちゃんがしっかりとステップを踏んでバックアタックの姿勢に入る。

―――確かに、彼のサーブは厄介だ。

―――でも。


「狙い目は・・・」


狙い目は、


「お前だろ!」


君なんだよ、へなちょこ君!







「ぼ、僕・・・レッレシーブ、ががっ、が、頑張りますから・・・!」





―――ゾクリ、




チラリと見た、ボールの行き先。





「大野は俺とレシーブ錬するんだ!」





腰は低く、両手を軽く広げた姿勢。
相手にサーブを拾われると、この世の終わりみたいな表情で、いかにも逃げたそうな姿勢で縮こまっていた、彼は?





「今練習しなかったら、来年の今、絶対後悔するから」





「岩ちゃ・・・!」


思わず上げた声は、岩ちゃんの手のひらがボールに当たった音にかき消されて。
続けて響くはずだったボールが床に当たる音は―――


「影山!」

「ハイ」

「持って来ォォい!!」

「くっ・・・!」


ドパッ!

―――こっちのコートで、響き渡った。


「よっしゃあ大野!よく拾った!」

「あ・・・は、はい!」

「よく逃げなかったな・・・!」

「あ、ありがとうございます・・・っ先輩方の、おかげで・・・!」




「―――スマン。決め損ねた」

「・・・岩ちゃんのせいじゃないよ」


俺の、判断ミスだ。
彼が、サーブだけを磨いてきたと思い込んでた。
―――あの“雑食”チームにいて、そんなことあるはず、ないのに。


「―――締めるよ、皆」


もう、“拾えば勝てる”だなんて言えない。
でも、だからって簡単にやられるわけにもいかない!
エンドラインに立った彼が、少しだけボールの向きを変えて位置を調整する。
ホイッスルが鳴って、フゥ、と一息。


「―――いきます」


狙う場所はぶれることなく狂犬ちゃんで、初めからそちらに近付いていたマッキーがレシーブに入る。

今度こそ、


「っ!?」

「!?カバーカバー!」

「くっ・・・!」


まさか・・・
狂犬ちゃんが繋いだボールをまっつんが打ち返そうとして、ブロックに阻まれる。
落ちた先はこっちのコートで、また向こう側に伸ばされた腕に、得点板が視界に入らないように努めた。


「悪い・・・身構えすぎた」

「今の、“右”だったの?」

「多分。フツーに獲れた気がする」


・・・最悪だ。
全く同じフォームで、左右の回転を自由に調整できるっていうのか?
悔しそうな表情を見せるマッキーは「次こそ、」と意気込んでいて、その少し力の入りすぎな様子に一瞬嫌な予感が胸中をよぎる。


「―――いきます」


ホイッスルに続くその声に、マッキーから彼に視線を戻す。
全く変わらないフォーム。打ったと同時にまっつんの後ろから走り出て―――


「っ―――!」


やって、くれるじゃん。
さんざん狂犬ちゃんを狙って、左右回転の違うサーブを見せつけておいて。
全く同じフォームで、ネットインで、俺を狙ってきやがった。


「京谷ラストだ!」


マッキーがカバーしてくれたおかげで何とかトスが上がって、狂犬ちゃんがスパイクを打つ。
ブロックに当たったそれは、外に向かってはじき出されて。

ピッ


「よっしゃあ!ナイスキーだ京谷!」

「サーブ切ったぞ!」

「取り返すぞ、次だ次!」


一気に勢いを取り返したコートの中で、ギリギリだったさっきのラリーにまだ心臓が早鐘を打っているのを感じる。
もし俺が、予感に気付かなかったら。もし、もう一歩遅かったら。
顔を上げて、「よくやった!」「あとは俺たちに任せろ!」と背中を叩かれたり頭を撫でられたりしているへなちょこ君に目を向ける。
ぺこぺこと何度も頭を下げてから、コートの外へと去っていく背中。

―――13番、ね。

その背を目で追いかけると、視界の端に得点板が映る。
3対6。優勢だったはずの点差は、完全にひっくり返されていた。


「いい数字背負ってんじゃないのさ、・・・クソ野郎」


“不吉”の数字なんて、もう出てこなくて結構だ。


=〇=〇=〇=〇=〇=
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