”強い”ということ


―――レシーブの練習は、西谷と二人、人一倍練習してきた。
2年のとき、ほんの一時期だけだったけど烏養監督に指導してもらって、旭が頭角を出し始めた。
そのサーブやスパイクを受け続けて、3年。後輩に天才セッターで、サーブを打たせてもすごい影山が入ってきて。
親睦試合では、自信満々なそのサーブを完璧に拾ってやったらすごい驚いた顔してたっけ。
でも上には上がいるもんで、東京で行った合宿では梟谷のスパイクや生川のサーブは、旭の癖に慣れていた俺にとってまた新たな強烈さがあった。
―――そして、今。


「まぁ、アレだ」


22対24。

マッチポイントを2点差で追いかける俺たちに、烏養さんが言いづらそうに言葉を探す。
当然だ。もう一点も落とせない状況で、サーブはあの―――及川。
しかも直前には、ノータッチサービスエースを決められている。
烏野のローテは今、守備力の一番高い布陣。その軸は、俺と西谷。
俺たちが揺らいで、どうする。


「拾うしかないっスね」

「うす!」


響くように返事をした西谷と、しっかりと頷いた旭に心強さを感じつつ、「切り替え切り替え!」と皆の士気を高めるように声を出す。
拾うしかないんだ、俺たちが。・・・俺が。
これをミスったら―――


「触りゃあなんとかなる!」


バシン!と背中を叩かれて少し驚いて振り返れば、見慣れたいたずらっ子のような笑み。
どうやら、一瞬弱気になったのがばれたらしい。
察しのいい参謀に舌を巻いて、背中の痛みにもう一度前を向く。


「負けねえよ、俺たちは」


それは、自分に言い聞かせているのか、それとも予言になりえるのか。
タイムアウトの終わりのホイッスルを聞いて、「一本カット!」という声を背中に聞いて。
―――そういえば、もう一人サーブの練習に付き合わせたやつがいたな、なんて、少しだけ、昔のことに思いを馳せた。



『―――僕に、及川先輩のマネなんてできません・・・っ』



及川のサーブを確実に獲れるようになりたいから、サーブの練習に付きあってくれと頼んだ時。
最初の一言は、まずこれだった。



『あの人のサーブは、力が全然・・・っ僕なんか、弱っちくてとても・・・!』

『確かに及川のサーブはほぼスパイク並の威力だけど・・・スパイクを受けるのとはやっぱり違うワケよ。旭のサーブはもう慣れちゃってるし、大野の出せる全力でいいから』

『ぅ、あぅぅぅ・・・っ』



謙遜する大野を何とか説き伏せて始めたサーブカット練習は、・・・思ったより、手ごたえが感じられなかった。
確かに、いつもより強く打っているのは感じられる。けれど、なんだか普通に獲れてしまうのだ。
いつもの獲り辛さが、ない。



『大野。―――全力で、打ってくれないか?』



何本か獲ってみて、思ったのはそれだった。
力が全力、という意味じゃない。きっとパワーは、本人の言うようにここが限界なんだろう。
ならば、大野の全力を。お前が打てる、最高のサーブを。



『あ・・・・・・ぁ、あぁあ・・・あのっ』

『ん?』

『す、すみません、・・・その・・・・・・、・・・も、もう少し、威力落としても・・・い・・・いぃ、・・・ですか・・・っ?』

『―――あぁ、もちろん』



そう言ってからの大野のサーブに、大野の“全力”を痛感した。
大野のサーブは、そのテクニックがパワーを補っているのだ。
3セット目初めの連続得点でもそう。及川のサーブは確かに強烈だが、腕に当たれば思わぬ方向に飛んでいく大野の球より―――何とかなる!
及川の手によってはじき出された、ものすごい勢いで飛んできた球を、全身を使って殺す。
大野の十八番は、フローターサーブ。回転のかからないボールは、距離感すら麻痺させる。
それに対して及川は、ドライブサーブ。勢いよく飛んでくるボールは、少しのズレが致命的なミスになる。
どちらがより獲りにくいサーブかなんて人それぞれで、優劣があるわけでもないだろうけど。
少なくとも俺にとっては、大野の球の方がずっと、獲りにくかったぞ!


「「「「ッシャアアアア!!!」」」」


旭の手で相手コートに叩きつけられた球に、セットを獲ったわけでもないのに大喜び。
はしゃぎすぎだと、笑われてもいい。
及川のサーブを切った、この一本。この一点には、それだけの価値がある!!
―――23対、24。

さぁ、―――最後の、勝負だ。











25対24。烏野の、マッチポイントだ。

自身を奮い立たせるように声を上げて、菅原がサーブを打つ。

岩泉がそれを拾って、及川のトスは京谷へ。

田中が拾った球は影山とスイッチした菅原がシンクロ攻撃に繋げて、旭がスパイク。

決まるかと思われたそれは花巻が拾い、及川がコート外からのドンピシャなトスで岩泉へ。

俺が後ろへ弾いてしまった球を、田中が全力でカバーして、さらに旭が攻撃に転じてくれる。

それを渡が拾い―――ネットに引っかかった球は、けれど京谷の手によって上へ。

ネットの上で影山のスパイクを金田一が止めて、フォローを菅原が。


「寄越せエエエエ!!!」


飛び込んだ日向に、影山がトスを上げる。

完全に読まれていた攻撃に、ブロックは三枚。

そして―――





―――勝者が、決まった。


=〇=〇=〇=〇=〇=
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