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「姫は君がいることに気づいてないみたいだから安心しなよ。…赤ん坊」



カウンター席の一番奥に一人気配を消した黒スーツの男にそう話しかけると赤ん坊は不機嫌そうな、しかし少し悲しげな面持ちで振り返った。
最強と恐れられる赤ん坊も大切だった…いや、今でも大切な姫の前ではただの男なのだろう。
いつも無表情な彼がその表情を崩すとは、やはりそれだけ姫のことが大切であるということ。
何があったのか僕も余計なお節介だとはわかっていたが調べさせてもらった。
ただ僕はその事実しか知らなくて、姫と赤ん坊にどのような感情があってそうなったかは知らない。
でも、お互いがお互い大切だと…まぁそれが恋愛的な意味なのかはわからないけれど、大切だと思いあっているのにこんなにもすれ違うのはバカバカしいように思う。
一体何を怖がっているのか…僕には理解できない。

そんな風に思うのだが、この二人はそうやってしか思いあえないのだろう。
そんな二人を見守るのも中々面白い。



「俺がいると知っておきながら姫を連れてくるなんてタチ悪りぃぞ」

「君がどんな反応をするのか知りたくてね」

「…俺はもう何とも思ってねぇ」

「その顔が何とも思ってない人間への表情とは思えないけどね」



赤ん坊が任務帰りによく来ることは知っていたし、今日が任務終了日であることも知っていた。
この時間なのかはわからなかったけど、赤ん坊が夜の時間に来る確率はかなり高かったことは確かだ。

まぁ赤ん坊がいることを言わなかったことは少し姫に意地悪しすぎたかな、とは思うけどね。

赤ん坊はぎろり、と僕を強めに睨んできたが、僕に言わせればそんなものは怖くない。
その視線を楽しそうな顔で受け止めれば赤ん坊は小さく舌打ちした。



「君がどう思っているかは知らないけど、少なくともあの子は君のことを引きずってる」

「………」

「あの子の気持ちに気づかないほど、君は鈍感じゃないはずだ。
…そろそろ、あの子…姫のために気持ちに決着をつけた方がいいんじゃないの」



僕の言葉に赤ん坊は何も言わずただボルサーノの鍔を静かにさげただけだった。

けど、僕にはそれだけで充分だった。

僕はそのまま赤ん坊には何も言わずに店主にお金を払って店を出る。
彼がどんな判断を下すのかはわからない。

けど…あの子は、これで前に進める。


(姫自身は気づいていないけど、多分、姫は…)

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