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「…何してるんだろ、私」



ぽつり、と呟いた自分の言葉はそのまま部屋の中に溶けていった。
だが、そんなことを言いたくなるのは仕方ない。

目の前には全身鏡。
映っているのは自分。
しかもいつもの私じゃなくて、限りなくおしゃれをしている私。
この間恭弥に買ってもらった服。ちょっといつもより念入りなお化粧。
……いやいや、誰なの私。こんなに念入りにお化粧とか滅多にしないくせに。




『可愛くしてきてね』




この格好は絶対その一言に踊らされている気がする。
結果この格好までしてる私何!
あああもう何か悔しいけどこんなに考えてるしがんばってるし!




「とか言ってるうちに時間近い!」




遅刻なんて以っての外。
沢田様を待たせるわけにはいかない。
もうどうにでもなれ!と若干ヤケになりながら私はバッグを掴みとるともう一度だけ鏡をチェックしてから部屋を出る。
まぁ待ち合わせと言っても玄関なんだけれど。

慌てていくとそこにはまだ沢田様の姿はなくて、少しだけ安心する。
ほっと息をつくと「奥方…?」と小さな戸惑いの声が後ろから聞こえてきた。
私を「奥方」と呼ぶのはこのボンゴレの中でたった一人しかいない。




「隼人様」

「…失礼とは思うのですが、驚きました。いつもと雰囲気が違うので…」




目を真ん丸くさせて私を見つめる隼人様に私も苦笑するしかない。
普段こんな化粧も格好もしないのだから驚かれても仕方ないのだ。

気にしないでください、と笑うと隼人様の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
どうしたのだろう、と首を傾げると「失礼しますッ!」と勢いよく走り出されていた。
えええ!何故に!?
なんて驚いても隼人様のお姿はもう見えず、私は呆然とするばかり。




「姫」

「…!沢田様」




呆然としていたのはたった数秒だったようで、再び後ろから声をかけられて振り向けば少し不機嫌そうな沢田様がいらっしゃっていた。
どうしてこんなにも不機嫌なのか…もしかすると私の格好がお気に召さなかったのかもしれない。
こういう服はあまり好きじゃないということか。




「…似合いすぎ」

「………え?」

「ちょっと待ってて。着替えてくるから」

「(えー!?)」




さっきまでお仕事だったのかきっちりとした黒スーツの裾を翻して足早に去って行った沢田様に驚きを隠せずにはいられなかった。
ていうか『似合いすぎ』って聞こえた気がするんだけど…気のせい、かな?

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