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あのあと沢田様は乾杯の音頭をとって、何もなかったように他ファミリーと談笑している。
私が横にいるにも拘わらず「うちの娘を愛人にどうですかな」と勧めてくるボス達にはただただ呆れるしかない。
しかも沢田様は「考えておきます」とはっきりとは断らないから正直「何なんだ」と少しだけ怒りを感じた。
…いや、怒ることはないでしょ。沢田様が何人愛人作ろうが私には関係ないことだし。

先程から頻りに娘を愛人に、だの、同盟ファミリーがどうだの話しかけてくる男性にそろそろ辟易してきた。




「さ…綱吉様」

「(コイツ今沢田様って呼びそうになったな)…ん?どうした?」

「少しお色直しをして参ります」

「わかった。気をつけてね」




はい、と頷いてからその場をそそくさと退出して、誰もいないベランダに逃げ込む。
ふぅ、とため息をつくと「今日の主役がいいのかい?こんなところで」とからかうような声が後ろからかかる。
そんな声の持ち主はすぐに見当がついたから小さく苦笑しながら、振り向いた。




「あなたはいいんですか?恭弥」

「僕はいいんだよ。今日出席しただけでも感謝してほしいくらいだ」




バイオレットのシャツに黒スーツの恭弥の手には透明なお酒がグラスで握られている。
ジンかウォッカか。どちらにしたってかなり度数の高いお酒だろう。
こくり、と一口煽ると恭弥は私の隣まで寄り、ベランダに寄り掛かった。




「随分沢田は君を溺愛しているみたいだね」

「…そう、見えられますか?」




皮肉混じりにそう返せば恭弥はちらり、と私に視線を向けて「………ふぅん、」と意味深な納得の言葉を呟く。
からり、とグラスの中の氷が鳴り、恭弥はまた一口そのお酒を煽った。




「僕は君をもっと器用な子だと思っていたけど……、…いや、彼のこともあるし、そんなことはないか」

「一人で納得しないでください」




一体何のことですか、と強めに見上げると恭弥は楽しそうに笑った。

ますますわからない、と眉を顰めるとぽんぽん、と軽く頭を撫でられる。




「がんばりなよ。精々、小動物なりにね」




………これって励まされているのか、貶されているのか。
何だかよくわからないが、恭弥が何故か機嫌よさそうなので深く考えないことにしたのだった。

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