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「姫」
固まった私に後ろから声がかかり、その声が自分の知った声だと認識するとようやくぎこちなく振り向くことができた。
そこには何を考えているのかわからないほど無表情な恭弥の姿が。
綱吉が隣で小さく雲雀さん、と彼の名前を呼ぶ。
しかし、恭弥の目は綱吉には向かず、ずっと私を見つめていた。
「つまらないからお酒の相手になって。行くよ」
「…っ、はい。綱吉、」
「あ、うん。…行っておいで」
「……では、」
ティナレスさんにも軽く礼をして、恭弥の後ろについていく。
……気持ちがぐるぐるして、気持ち悪い。
でも、ここでそんな弱い顔を見せてはいけない。
私は、ドン・ボンゴレの妻なのだから。
……そう、妻、なんだから……。
ぎゅっと、強く手を握りしめると前で歩いていた恭弥の足が止まる。
私もゆっくり足を止めると、どうやらパーティー会場から少し離れたバルコニーに来たようだった。
「…すごい顔」
「………そう、ですか…?ちゃんとお化粧がんばったのに、酷いです、恭弥」
「………。…僕は、月見酒をするから」
「え…?」
「だから、誰も今、君を見てない」
そう言うと恭弥はバルコニーの手すりに寄りかかりながら月を見始めた。
何も言わず、ただ、月を見ながらお酒を飲むだけ。
私も恭弥の横に並び、バルコニーの手すりに軽く手を乗せながら月を見上げる。
恭弥は何も言わない。慰めの言葉も、明るく振る舞うことも、…泣けばいいという言葉も、ない。
でも、確かに恭弥の空気からは私を優しく包んでくれるものを感じていて。
私はぐにゃりと歪む視界をあっさりと受け入れた。
ポタポタと自分の手に涙が落ちてくる。
せめて、声は出さないようにと唇を噛み締めながら。
「…っ、くっ…う……つな、よし…っ」
そんな目であの人を見ないで。
知らない。…あんな、悲しそうな、切なそうな、顔、知らない。
あなたの心に今いるのは、誰ですか。
私ですか?………それとも、あの人?
今もあの人と笑いながら話しているの?
そして、その心にあの人を残すの?
………私なんて、あなたの心から、消えてしまうの?
そんなの、いや。
私は綱吉が好き。あなたが隣にいないと、こんなにも苦しい。
……それなの、に。
「……つなよし…っ!」
私の声は、とどきませんか?
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