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調理場で二人分のお弁当をシェフにからかわれながらも作り上げる。
おにぎりにから揚げに卵焼きにたこさんウィンナーを作ったりして。
自分でも満足できる出来で、自然と嬉しそうに笑う綱吉の笑顔が浮かんだ。

…きっと喜んでくれるよね。ううん、きっと喜んでくれる。

丁寧にお弁当を包み込むと大切に抱えて自分の部屋へと戻る。
いつもより丁寧にお化粧をして、お気に入りのワンピースを着こんだ。
そしてもう一度大切にお弁当を持つと綱吉の部屋のドアをノックした。
するとすぐに「はーい」という声が聞こえて綱吉がひょこりと顔を出した。



「早いね。もう準備できたんだ?」

「はい、楽しくって」

「そっか…それじゃあ行こうか」



穏やかに笑って自分の左腕を差し出した綱吉に私も笑い返すとそっとその腕に手を乗せる。
綱吉の温もりがとても安心して、…ドキドキした。
きゅっと握り返しながらイタリアの街をゆっくり歩く。
いつもよりイタリアの街がキラキラしているように見える私に現金だなと苦笑しそうになる。
そうして歩いているうちにバラ園が近づいてきた。

近くまで来ただけなのに強く香ってくるバラの甘い香り。
そしてすぐに見えてきたのは見事なバラのアーチ。



「綺麗…!」

「本当、綺麗だね」



見えてくるバラの美しさに思わず感嘆の声がもれ、足も早々と動いてしまう。
そんなにあわてなくても、と綱吉に言われたが、高揚した気持ちの方が強かった。
色とりどりのバラたち。大輪から小さなものまでとても綺麗。

嬉しそうにバラを眺める私を優しく綱吉が見つめているとも知らずに。



「見てください、このバラ。とても可愛い」

「本当だ。今度庭師に頼んで植えてもらう?」

「いいんですか?」

「もちろん」



にっこり笑って頷く綱吉に嬉しい、と返しながらもう一度そのバラを見つめる。
小さいのに、どこか力強くて、優しくて、しなやかで…まるで、綱吉のようだ。
…なんていったらきっと怒られてしまうのだろうけど。
こっそり心の中だけで思っておこうと決めていると後ろから「綱吉!」と少し高い声が聞こえてくる。
驚きで二人とも振り返るとそこには嬉しそうに笑いながら手を振るティナレスさんの姿があった。



「ティナレス…どうしてここに、」

「偶然ね。私もたまたまバラを見に来ていたの。…御機嫌よう、奥様」

「…御機嫌よう、ティナレスさん」


ガラスのような目が私に向かう。…そっか、ティナレスさんは、まだ、綱吉のこと……

そう考えていると、ティナレスさんはすぐに私から目をそらし、綱吉に綺麗な笑みを向ける。



「これも何かの運命だわ。一緒に回らない?」

「いや、俺たちは、」

「ねえ、奥様。いいですよね?」



にっこり笑ってティナレスさんは私に同意を求める。
…ずるい。そんな言い方されたら、断れないに決まっているのに。
きゅっとスカートの裾を握りしめて、小さく笑い返す。…きっとその笑顔もへたくそなものだっただろう。
ティナレスさんみたいに、嘘でも上手に笑うことができたらよかったのに。
綱吉の隣にいると昔は上手にできていたことも、できなくなってしまうみたい。



「はい。…私は、構いません」

「なら決まり!さ、行きましょう」



そういってティナレスさんはするりと綱吉の腕に自分の腕を絡める。
ティナレス、と綱吉は咎めるように彼女の名前を呼んだが、彼女は「なぁに?」と首を傾げるだけ。
その様子に綱吉は小さくため息をつくと、手を振り払いはしなかったものの、少しだけくっついていたティナレスさんから距離をつくっていた。

その様子に私の心が半分に分かれていくのがわかった。

距離をつくってくれたことへの、喜びと、…どうして怒らないのか、という嫉妬と。
…あぁ、私ってとてもつまらない女ね。
ここでティナレスさんに「綱吉に触らないで」と言えたら、どんなにいいか。
なのに、そんなことをいう勇気もなくて、ただ、嫉妬をするだけ。本当につまらない。

そう自嘲しながら二人の後ろを少し距離をもって歩く。
…さっきまで色鮮やかだったはずのバラが急に色あせて見えるのだから、やはり私は単純だということだろう。

胸の奥にくすぶるこの思いを必死にとどめながら、私は二人を見つめた。

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