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あのデートから数日。

私は時々綱吉と話したり、ご飯を食べたりと穏やかな日々を過ごしていた。
今日は残った仕事を終わらせようと一日仕事をしていたのだが、途中で綱吉に渡す書類を見つける。
渡しに行くついでに休憩しよう、と紅茶とお菓子の準備をして綱吉の部屋へと向かう。
きっと綱吉も忙しくしているんだろうな。リボーンに怒られていなければいいけれど、と小さく笑いながら綱吉の部屋に向かう。
あと少しで綱吉の部屋、というところで奥さま、と声をかけられて、体が少しだけ固くなったのがわかった。
…この声は……そう考えて声のする方を振り向けばふわふわの髪の毛を揺らして走ってくるティナレスさん。




「ごきげんよう、奥さま」

「…ごきげんよう、ティナレスさん」

「よかったわ、奥さまに会えて!実はお菓子を作ってきましたの。綱吉に渡す前に奥さまに感想をいただきたいと思っていたんです」

「……そんな…私の感想なんて……」

「いいえ、ぜひ。そうだ、広間でお茶しましょうよ」



ね、と微笑まれれば何だか断りづらくて、言われるがままに頷いて広間へと移動する。
ティナレスさんがお菓子の準備をしている間に私が紅茶の用意をして、二人ともソファーに向かい合わせて座った。

にこり、と笑っているティナレスさん。…それが少しだけ怖かった。

ティナレスさんはきっと綱吉が今でも好き。…その好きな人の奥さんを目の前にしてどうしてこんな笑顔をつくれるのか。
私ならきっと無理。好きな人の奥さんなんて絶対に会いたくない。
きっと今の私は内心の困惑を隠せていないだろう。でも、ティナレスさんは淑やかな所作でお菓子の用意をしていた。



「奥さまはご存知なのかしら?」

「え…?」

「私と綱吉の関係」



ふとした瞬間に、目が合う。
…ティナレスさんの目には、感情が浮かんでいなくて、――その奥には激しい感情が潜んでいるようにも思えて、ぞくりと肌が粟立つ。

こわい。

そう感じたのは、当然だった。
何も言えずに見つめている私からティナレスさんは少しだけ優越感を含ませて笑い、私から目をそらした。



「綱吉から聞いてないのかしら」

「…っ、ええ…」

「――愛し合っていたのよ、私たち」



あなたさえ割り込んでこなければ、私が綱吉と結婚していたのに。

そう呟かれた言葉はどこまでも冷たくて…意味を理解したいのに、入ってきてくれない。

愛し合っていた。遊びじゃない、政略でもない、…純粋な思い。
…私のせいだ、と初めて見せたティナレスさんの憎しみの感情に自然と体が固くなる。



「…ね、奥さま。今からでも遅くないですわ。…綱吉と別れてくださらない?」

「…っ、」

「あなたのお家が力あるお家だというのは知っているわ。綱吉と政略結婚しなくてもいいくらいに、ね。
だから、いいでしょ?あなたなら上手く綱吉と別れられるだろうし…政略結婚なんだから、あなたにとっても好都合のはず」


ねぇ、私に綱吉を譲って。

その言葉に私は何も言えなくて、…それが悔しかった。
私は、確かに政略結婚で…最初は愛のない結婚だった。
でも今は…綱吉は私を愛してくれているし、私も、綱吉を愛してる。
それは自信を持っていえることなのに……

―――綱吉がティナレスさんを見たときの横顔が忘れられない。

黙りこむ私にティナレスさんは「いいお返事を待ってますわ」と笑ってその場を立ち去る。
…私は、どうしたら、いいの?

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