92



「姫!!」



ぐらり、と倒れるティナレスの体。それでも俺はティナレスの傍で倒れている姫に駆け寄った。



―――頭が真っ白だった。


嫌な予感がして外に出てみれば、倒れている姫に、銃口を向けているティナレスがいた。
撃たれる、と感じた瞬間、俺は迷わず…ティナレスの心臓を撃ち抜いていた。

つなよし、と小さくティナレスに呼ばれる。それでも、振り向くことはなかった。

近寄れば何回も撃たれたのか姫の周りに血が溢れていた。―――このままじゃ、姫は…!
最悪の想像に俺はゆっくりと姫の体を抱き締める。

…悪い、冗談だよな…?死ぬ、なんて、そんなの…ありえないよな?

そっと、姫の頬に手を添えて、彼女の名前を呼ぶ。



「起きて、姫…こんなとこで寝てたら風邪ひくよ?」


ごめんなさい、少し眠くて…そう困ったように笑って目を開けてくれるのを待つけど、その気配はない。
姫の体を支えている手に伝わってくる生暖かいもの。
恐る恐るその手を見れば…べっとりとついている、血。姫の、血。



「…っだめだ、死ぬな、姫!目をあけろ!!」



頼む…っ目をあけてくれ…!!


「…つ…な、よ…」

「…っ!姫!?」



微かに聞こえてきた姫の声。
少しだけ目が開いて、涙目になっている俺と目が合う。

ぽたり、と姫の頬に俺の涙がこぼれ落ちると姫は悲しそうに目を細めた。



「ごめんな、さい…油断、して…」

「いいから。無理に話さなくても…っ」

「いい、え…私…正直、迷って、いたんです……
私のせいで、綱吉は、ティナレスさんと…結婚、できなかったんじゃないかって…」

「違う。それは…!」

「…ごめん、なさい……私、いけないとわかっていても……
――っ、あなたを、諦めることが、できなかった……っ」


何度も「どうしたらいいんだろう」「どうしたら、綱吉は幸せになれるの」そう考えた。
綱吉がティナレスさんのことがまだ好きなら、私は身を引いた方がいい。
でも……―――

『好きだよ』

そう微笑んでくれる、綱吉を思い出すと…どうしても、欲が出てしまった。
もっと、綱吉の傍にいたい。傍で笑いあいたい。好きだって伝えたい。
そんな欲から、私はどうしても綱吉の傍を離れることができなかった。
ティナレスさんに、別れてほしいと言われても……


「好き、です…大好きです、綱吉……どうしようもなく、あなたが、好きなんです…っ」

「姫…っ」



どうしようもなく、愛おしかった。

傍にいながら、笑顔でいてくれたその裏で、悩んでいたんだ……
でも、それでも俺を諦めずにいてくれた、姫。

ごほっ!と姫が咳き込むのと同時に血を吐き出す。
ひゅう、と息をのむ音が聞こえる。…それがどうしようもなく、怖くなった。



「俺もっ…!俺も、愛してる!姫を誰よりも…っ」

「―――…嬉しい…私も…あなたを…っごほっ!」

「…!もういい!もういいから、しゃべらなくていいからっ…」


頼む、なくならないでくれ。

温かい君を…誰よりも優しい、君を失ってしまったら…俺は…!!


こぼれる涙を抑えることができなくて、情けなく泣いている俺の頬にそっと姫は手を添える。
…俺の涙をぬぐうように、そっと。



「愛して、ます…ずっと……あなた、だけを…」

「…っ、…姫…?…姫!!」



するり、と姫の手が俺を離れていく。
先ほどまで開いていた目もゆっくりと閉じていった。

先ほどよりも、穏やかな笑みを浮かべて……



「だめだ、目を開けろ、姫!!目を開けてくれ…っ」



そう叫んでも姫は何も言ってくれない。
先ほどまでの暖かな温もりを感じることができない。

そのうち俺の声に騒ぎに気づいたのか、誰かが「医療班を呼べ!」と叫ぶ。

どんどん声が遠くなっていく。…もう、何も、考えられなかった。

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