93



「何とか、峠は越えた。…あとは、姫次第だ」



そうシャマルに言われて、俺は姫が眠っているベッドの傍に座り込む。
他のみんなは俺に気を使っているのか、この部屋には一人だった。
ピ、ピ、ピと機械音が規則正しく響き渡る。…それが、姫が生きている証だった。



「…目を覚まして…」


もう一度話したい。もう一度…好きだって伝えたい。

こんなことになるなら、姫を任務に連れて行くんじゃなかった。
…なんて、そんなの今更なんだけど。

そっとその手を握りしめて、姫が目を覚ますことだけを祈る。



「…聞いてくれるかな」



今だから言える君への思い。

最初はどこにでもいる女の子だと思った。…いや、少し変わっているお嬢様かな。
冷たい言葉を浴びせても怒ることも泣くこともなく淡々と俺の言葉を受け止めていた。
顔色を変えず、俺に媚びを売ることもない。
…でも、俺にガトーショコラを作ってくれたとき、初めて笑ってくれた。
ちょっと悪戯っぽく、楽しそうに笑った姫の笑顔はどこまでも澄んでいて…綺麗だった。

俺が、思わず見惚れてしまうくらい。

もっと見たい。もっとその笑顔を向けてほしい。
そう思い始めるのに時間はかからなかった。

姫の笑う顔、…誰かを思い出して泣きそうな顔。
姫の色んな表情を見るたびにどんどん想いが深くなっていくのがわかった。
好き、という言葉だけじゃ足りない。愛してるでも足りない。
溢れ出すこの想いを表すには言葉を知らなさすぎた。

この想いをもう一度伝えたい。
あのときが最後だなんて絶対にいやだ。

だから、目を開けてーー……



「…私…こんなに幸せでいいのかな…」

「…!姫!!」



ゆっくり姫の瞼が上がり、瞳に泣きそうなオレが映りこむ。
涙で濡れた瞳は今までの話を聞いていたことを物語っていた。

もう一生伝えることができないと思っていた想い。
伝えることができるなんて……



「綱吉…私、……っ、」

「無理しなくていい!」

「…っ、いいえ、聞いて。
…私…あなたのことを好きでいて、いいんですよね…?」

「…っあぁ。俺には、君しか見えてないんだから…」



涙を流しながらも姫に静かに笑いかける。
姫は…ーー今まで見たことのないほど幸せそうに微笑んで、そっと俺の頬に手を添えた。
頬から伝わってくる姫の温もりに、交わる視線。

あの時失ってしまうのではないかと思ったもの。

今こうしてまた想いあえることが幸せで、…怖いくらいだった。
今姫が目の前にいるということを実感するために、俺は再び姫の体を抱き締めたのだった。


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