何も云わずに傍にいて
ローの処置により一命を取り留めた姫は今は顔色もよくなりながらオレの部屋で寝ている。
あの日は船番だったうえにローのことも重なって全く寝ていなく、大分体が衰弱していたらしい。
姫の処置が終わってから…ローはずっと姫の側にいて、本を読んだり姫の治療をしたりしていた。
早く目を覚ましてほしい、とローは願っていた。
早く目を覚まして…笑ってほしい。…そして、もう一度だけ好きだと伝えたい。
ローにとって特別だといえる女は姫だけだ。それは一生変わらないと断言できるほど。
「…姫……」
さらり、と髪をかきあげてゆっくりおでこに唇を寄せ、早く目が覚めるように願いながら唇を落とす。
ちゅっ、という小さな音が響けば、ぴくりと姫の睫毛が揺れた。
…まさか、と思いながらローは姫、と彼女の名前を呼ぶ。
何度か彼女の名を繰り返せば「ん…」と声をあげて、ぱちぱちとゆっくり目が開いた。
「姫ッ!」
「……あ…」
思わずぎゅっと抱き上げて抱き締めていた。
よかった……本当によかった…っ!
そう悲痛な声で呟くと姫は小さな、本当に小さな声でロー、と囁く。
その声にローは愛しさが溢れだして更に抱き締めれば苦しいよ、と苦笑混じりの声。
「…お前を、失うかとっ…」
「………」
「……すげぇ怖かった…っ」
血の気が引いて、頭が真っ白になって……暗闇に落ちてしまったんじゃないかってくらい目の前が真っ暗になった。
もう姫が笑ってくれないんじゃないかと思ったら…今まで感じたことないくらいの恐怖に襲われて、体が震えた。
…もう、あんな思いはしたくねぇっ……
「…頼む……オレの前からいなくなるな…!」
「…ロー…」
「お前が笑ってくれるなら、オレはっ…」
ぐっと握り締めた拳に血が滲む。
その痛みさえ感じないローの手を…姫はそっと触れて宥めるようにその手に手を添えた。
「血、出てる…ローはSなんだから自分を傷つけちゃ、」
「…っ、姫、」
「ん…?」
「愛してる」
「…っ、あっ…」
真っ直ぐ姫の目を見つめて真剣にそう伝えた。
嘘じゃない。…そう伝えるように。
すると罪悪感が灯ったような目が軽く伏せられ、代わりに姫の手をぎゅっと握り締めた。
「…勝手なのはわかってる。
でも…オレは姫のことを忘れたことなんて一度もねぇ。
あの日も……本当は他の女を抱こうとした。…けど、やっぱできなかった。
オレにとって…抱きたいと思えるのも、愛しく思えるのも…姫一人だ」
「…っ!ロー…」
「悪りぃ…姫を大切に思っていながら……オレが一番、お前を傷つけてた」
「…っそんなことない…!」
ブンブンと何度も姫は首を横に振って違う、と涙目になる。
姫は握っていた手をほどき、自分からローに抱きついた。
「私も…ローの気持ち、わかってなかった……
…私も…ローを愛してる」
「…姫」
「私、馬鹿で全然胸や色気なんてないけど…!…けど、ローを愛してる気持ちは誰にも負けないから!
だからっ…!ローの側で、また…笑い合いたい…!」
「……!」
「堂々と、ローが好きって言いた、んっ!」
堪らずローは姫に荒くも優しく口づけていた。
嬉しかった。
自分の気持ちと同じで、正直に真っ直ぐ言葉をぶつけてくれた姫が、愛しかった。
…そんな激情は止まらず、舌を深く絡ませながら貪るようにキスをする。
「…っ、姫…愛してる」
「……私も、ローが大好きだよ」
ふわり、と微笑んだ姫に、ローは久々の穏やかな笑みを浮かべた。
何も云わずに傍にいて
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