君に名前を呼ばれた日



紹介が終わってそれぞれの棟に帰っていく同僚達を後目にオレは壇上から降りた姫を見つめたまま。
今すぐにでも駆け寄りたかったが、院長がいる手前出来ず邪魔だと舌打ちする。
そんなオレにペンギンは苦笑すると「気持ちはわかるが落ち着け」とオレを宥めた。
それで宥まるオレではないが、同じ外科なら次の集まりで必ず会うはず、という思考が巡り仕方なく姫から視線を外して部屋から出る。

早く、お前と話したい。…この数年、いることのできなかった分まで。

そう急かす心を必死に抑えて外科に戻れば問診が始まる頃で、入るとおはようございます、と声をかけられる。
それに返していくと医局長も入ってきて、…姫も一緒に入ってきた。

先ほどと同じような紹介をされて、問診が始まる。
その内容も姫に気をとられてあまり入ってこないのだから相当のようだ。

そう小さく自嘲すると問診が終わり、各自の仕事につき始めた。


ーーーあぁ、やっと…


そう考えている暇もなく、姫の側まで近寄りこちらに気づかない姫の腕を掴んだ。




「姫、」

「…え、えっと…」

「ずっと探してた。まさか医者になってたなんてな…」

「あの、」

「言い訳なら聞かねぇ」

「いえ、言い訳とかじゃなくて」

「…じゃあなんだ」




「どなたですか…?」




「……っ!」




心底不思議そうな顔をされてオレは思わず息を詰まらせていた。
…冗談で言っているようには見えない。
いや、こんな笑えねぇ冗談あの姫が言うはずがねぇ。
じゃあ…本気でオレのことを忘れてんのか?

姫にとって、オレはその程度の存在だったってことかよ…っ!

そうオレの顔が大きく歪んだからか、姫の眉がハの字に申し訳なさそうに下がる。




「…あの、もし気分を害されたのならすいません。
もしかして、以前から私のことを知ってらっしゃいました?」

「………あぁ」

「…っ、本当にごめんなさい!私、日本にいる間の記憶がなくて…」

「記憶が…?」

「えぇ、手術の後遺症で……ごめんなさい」




手術…姫はあの時、理由も何も言わず去っていった。
もしかしたらオレが知らないだけで、姫は何かの病気でその治療のため姿を消したのかもしれない。

だが、オレの記憶まで無くしたなんて…神様という奴はとことんオレを嫌っているらしい。

姫の腕を掴んでいた手をゆっくり離すと「…悪かった」と謝り、背中を向ける。
…今はオレを知らない姫と言葉を交わすのは辛すぎる。
何で覚えていないんだ、という理不尽な怒りと言い様のない悲しみが心を埋め尽くして、ぎりっと強く拳を握りしめた。




「あっ…あの、待ってください!」

「…………」

「お名前だけでも教えてください。これから同僚になるんですから…」

「…トラファルガー・ローだ」

「トラファルガー先生」


『ロー』


「……っ」



重なる、姫の声。
あの頃と全く変わらない心地のいい声で、あの頃とは全く違う呼び方をする。



君が名前を呼んだ日


「…ローでいい」

「…!はい、ロー先生」


ふわりと華やかに笑う笑顔も、あの頃と変わらない。
(そうやって変わらないところを見つけるたびに、オレは泣きそうになるんだろう)

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