君の一面を知った日



酒も程よく入り始めてきた頃、シャチが調子にのってナース達に言い寄ったが呆気なく手玉にとられているのを鼻で笑う。

あからさますぎるんだよ、アイツは。
やるんだったらもっと上手く誘えばいいものを…まぁそれが奴のいいところかもしれない。

そんな傍観をしながら珍しく店においてあったラムを飲んでいるとふと姫の困ったような声が聞こえる。
姫の方を見てみれば最初からずっと隣にいる同僚がベタベタと姫にくっついていた。
近すぎる距離に姫の肩を抱き寄せる男にどす黒い感情が渦巻く。


ーーー姫に触るんじゃねぇ。


そう思っていたときには立ち上がって二人の方へ歩いていた。




「きゃっ!」

「わっ!と、トラファルガー先生何するんですか!?」




驚きで見上げる二人を冷たく見下ろす。
オレの手には空になったグラスが持たれていた。

…姫に水をぶっかけたのだ。

コップ一杯としてもかなりの量があったようで姫の髪の毛はシャワーを浴びたように濡れていた。




「悪い、手が滑った」

「なっ…!姫先生、大丈夫ですか!?」

「は、はい…」

「オレが濡らしたんだ。行くぞ」

「えっ!?ちょっ…ロー先生!」




戸惑う姫を無視して腕を引っ張り、その場から離れる。
何だ何だと野次馬もいれば一部始終を見ていたのか騒ぐ奴らもいたようで五月蝿くなった部屋の声を聞きながら店を出た。
春といえどまだ夜は寒くて、外に出た途端ふるり、と姫が震えたのがわかった。




「…悪かったな、濡らして」

「い、いえ…」




未だに戸惑っている姫にハンカチを渡せば、ありがとうございます、と言って水分を拭き取る。
寒いだろうと思って上着を差し出し、羽織っとけ、と言ったが姫はあからさまに「大丈夫ですよ!」と慌てた。

何が『大丈夫』なんだ。こんなに体温が下がり始めているのに。




「風邪なんかひかれたら厄介だ」

「でも…ロー先生が寒いですよ」

「…ふっ…」




本気でオレのことを心配しているのだろう。
申し訳なさそうにオレを見上げる姫に思わず笑みを溢していた。


ーーー変わらねぇな…やっぱり。

いつも、自分じゃなくて他人ばかり気を使っていた。
もう少しくらい自分を大切にしてもいいのに。

オレは大丈夫、という気持ちを込めて頭を撫でる。
姫は少しだけ驚いたようにオレを見上げたが次第に口元は弧を描いていった。




「優しいんですね、ロー先生」



ありがとうございます、と再びお礼を言った姫に思わず目を奪われる。

…こんなにも、綺麗な笑みを浮かべるなんて、知らなかった。



君の一面を知った日

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