セナカ



次の日の朝、若君は先に学校に行ってしまわれたようで初めて一人で登校することになった。
その間も若君のことが頭から離れない。…一体どうされたのだろう……
あんなにお祖父様に憧れていたのに。あんなに3代目になりたいとおっしゃっていたのに。

そうして放課後、私はいつもより早めにバス停に向かった。
若君を待つために。そして、何があったのか聞くために。

しばらく経つと遠くから若君たちが来るのが見えた。
いつもなら走ってくるくらいなのに一人で俯きながら来ていた。



「若君、」

「そーいやあいつんちって古くてボロボロらしいですぜー」

「妖怪屋敷かぁ?びっくりだねぇー!」


あはは、と笑う声がこんなにも醜く感じる。

若君を嘲笑うあの人たち…!!
あの人たちのせいで若君が元気をなくしているのね…っ
わかったとたん、ぐつぐつと腸が煮えくり返るのがわかった。
今まで感じたことのない怒り。…あの人たちを八つ裂きにしてしまいそうなくらい。



「あなたたち」

「ん?あ、あなたは、転校してきた六年生の姫さん!」

「妖怪は、いないと思っているの?」

「はい!そんなものは空想ですよ!」

「空想、ね。その根拠は?」

「え?」


まさか根拠を聞かれるとは思っていなかったのだろう。
二人してぽかんとした顔をする。
でも、次第にわたわたと慌て始める。…でも、私の表情は変わらない。


「な、なぜなら見たことがないですし、そもそも一般的にはいないものだと、」

「見たことがないからいない?随分傲慢な意見ね。あなたは全てのことを見聞きしているとでも?」

「い、いや、」

「…不確実なことを不確実なままバカにするのは愚かだわ。謝るべきじゃない?奴良くんに」

「う、」

「姫、やめてよ。僕は、」



こんなことを話している間にバスが来てしまった。
これ幸いとあの人たちはバスに乗り込んでいって、私と若君はその場に立ち尽くす。
そんなとき、若君の後ろからばしん!と若君を叩く、カナさん。
彼女は若君を馬鹿にすることなく、若君を励ましてくれた。

そして、やっとわかる若君の思い。
かっこいいと、憧れていたものが本当は悪巧みをしていて、…それが、情けなくて、許せない。

そんな若君にカナさんは若君に立派な人間になればいいと言った。
そして結局私と若君はバスに乗ることはなかった。



「…若君、確かに妖怪は悪いものかもしれません。でも…それが全てではないことを、知っていてほしいのです…」

「………」

「…帰りましょう、若君」

「……ありがとう」

「…え…?」

「僕のために清継くんたちを怒ってくれて、嬉しかった。…ありがとう」

「…っ、若君……」

「リクオ、でしょ?」


悪戯っぽく笑った若君に少しだけ安心する。
若君に笑い返すと前から「若ー!姫ー!」という声が聞こえてくる。

あれは、鴉天狗さま。

帰りが遅くなって心配になって迎えにきたらしい。
若君は鴉天狗さまに抱えられて一緒に帰る。
その間、若君は血の話をしていたが、結局は自分にも妖怪の血が入っていることにむすっとしていた。

本家に帰るとみなさまがとても安心したように私たちを迎えてくれた。
このお迎えは一体どうしたのでしょう…?



「若も姫もご無事でよかった〜!」

「…?どうされたのですか?」

「だって…」



―――浮世絵町にあるトンネル付近で起きた崩落事故で路線バスが生き埋めに……
中には浮世絵小の児童が多数乗っていたとみられ…―――



「「…っ!?」」

「なんで!?バスが、」

「おぉリクオ、姫帰ったか…お前たち悪運強いのー」

「そんな…っまさか、」



あのバスには若君を元気づけてくださったカナさんもいらっしゃったのに…!
助けに、助けに行かなければ…!

そう思ったのは若君も一緒だったようで助けに行かなきゃ、と呟いて上着を羽織ると飛び出した。



「どこへ行くんじゃ、こんな時間から!?」

「カナちゃんを助けに行く!!ついてきてくれ、みんな!」

「へ、へい!」

「待ちなされ!!」



飛び出した私たちを呼び止める声。
―――木魚達磨さま。この奴良組の相談役。
木魚達磨さまの言い分はこうだ。

人間を助けるなど言語道断。
妖怪とは人々におそれを抱かせるもの。…なのに人助けなど笑止。
“人”の気まぐれで百鬼夜行を率いられては困る。

…人。確かに達磨さまはそう言った。総大将の孫である若君のことを。
なんて無礼な言い種…!
若君を大切に思っている青田坊さまが達磨さまに食ってかかる。
あわや喧嘩か、とあたりが騒然となったとき、


「や…やめねぇか!!」


若君の、一喝。


「時間がねぇんだよ。おめーのわかんねぇ理屈なんか聞きたくないんだよ!!木魚達磨!」


ざわり、と空気が震える。

妖気がどんどん膨れ上がって…若君の姿が少しずつ変わっていく。
その様子をただ私たちは息を飲んで見守ることしかできない。

―――あぁ、これが、若君の妖怪の姿。


「オレが“人間だから”ダメだというのなら、…妖怪ならば、お前らを率いていいんだな!?
―――だったら…人間なんてやめてやる!」



おめーらついてきな。

その一言に多くの妖怪たちがその後ろ姿についていく。
…あぁ、この感情をなんて表現したらいいのだろう。
大切な弟が、こんなにも立派な姿になるなんて……
歓喜。この言葉がしっくりくる。歓喜がわきあがってきて、…涙さえ出てきそうだった。



「…姫、」

「はい、若君」

「おめぇは、ここだろ?」



若君の後ろにいたはずの私。
でも、若君に腕を引かれて私は若君の隣に並んだ。
そしてその手は私の腰に添えられて、ぎゅっと寄り添う。
そのことに息を飲んでいると若君は艶やかな笑みを私に向けた。



「ここにいろ。オレの、隣に」

「…はい、若君」

「リクオ、だろ?」

「……はい、リクオさま」



みな、あなたについていきます。

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