サヨウナラ



カナちゃんたちを救いに行き、…どうやら若君は夜の間のみ妖怪になれるのではないかとわかった。
若君が妖怪になったと聞き、一部を除いた幹部たちは期待したようだが、夜しかできないことを聞いて若君には継げないのではないかと噂が広がっていった。

あの時、…若君が変化したとき、私はやはりこの方しかいないと思った。
他の妖怪の方々がなんと思われようとも……

しかし、この噂は私が思う以上に若君を追い詰めていた。



「若君、ご夕食の準備ができました」

「…ここで食べるよ」

「ですが、若菜様もお祖父さまも心配して、」

「……嫌なんだ。三代目を継げって期待する声もあれば、無理だっていう声も聞こえるのが」

「…っ、若君…」

「僕じゃなくて、姫が継げばきっと、」

「―――っ!!!若君っ!!」


びくり!と若君の肩が大きく震える。
…そうだろう、私が若君に対して大きな声を出したのが初めてだったのだから。

でも、私にだって許せることと許せないことがある。
私はお祖父さま以外には知られていないが、ぬらりひょんの血を受け継いでいる、…若君と腹違いの兄弟。
つまり、私にも三代目候補になる理由があるのだ。
でも、私はそんなこと望んでいない。…若君こそ、奴良組三代目になるにふさわしいと思っているからだ。

なのに、どうして簡単にそんなことをおっしゃるの…!

若君にとって軽い気持ちだったのかもしれないが、若君が考えるとなれば他にもそう考える妖怪が出てもおかしくない。
そうなればいらない三代目争いが起きる。…それだけは、絶対に避けたい。
だからこそ、私は兄弟であることを公にせずにここにいるのに…っ



「…そのようなこと、簡単に口に出してはなりません」

「姫…、…ごめん」

「…いえ…私こそ、大きな声を出してしまい、申し訳ありません…」



若君と目を合わせることができなかった。
これ以上一緒にいたら余計なことを言ってしまいそうで怖い。
私はすぐに「失礼します」と言ってその場から離れる。

…あぁ、私は…ここにいない方がいいかもしれない。

その方が若君のためかもしれない。
私がいれば、若君は再び私が三代目になればいいという考えを持ちかねない。
…そしてその考えを奴良組の幹部さまたちがいる前で言ってしまうかもしれない。
最初は誰も相手にしないだろう。たかが小娘。なんの力もないと。
しかし、どこから私の血のつながりがもれるかわからない。
…調べたら私が鯉判さまとお母様との子どもだとすぐにわかることだから。
そうなれば争いは必至。
私は女だが、若君より多い3/4は妖怪であり、年上。十分な理由になる。
だけど、私自身が望んでいない。…だから、火種になるようなら、消せばいい。

そう決心した私はすぐさま荷物をまとめる。
そしてできた小さな荷物を持って、総大将であるお祖父さまの部屋の襖をたたいた。



「…姫か?」

「はい、お祖父さま。入ってもよろしいでしょうか」

「あぁ」

「失礼します」



すっと襖をあけて荷物をもって中に入るとお祖父さまは当然その荷物に怪訝な顔をする。
お祖父さまなら…きっと私の気持ちをわかってくださるはず。
そう信じてしっかりとお祖父さまを見上げた。



「お祖父さま、私はすぐにここを出ようと思っています」

「…っ、急に何故じゃ」

「若君が妖怪に変化できるようになり、嬉しく思っております。…しかし、どうやらそのことが若君に負担となり、今日若君は私が三代目になればいいとおっしゃいました」

「………」

「私は若君だけが三代目に相応しいと思っています。…しかし、若君が一度私が三代目になればよいなどお考えになってしまったということは、またお考えになることもあるかもしれないということ。
そうなれば、三代目を巡っていらぬ争いが出ることは間違いないでしょう。それだけは、避けたいのです」

「…姫…」

「我儘を申しているのは百も承知です。…ですが、若君のためにも、私は出ていこうと思っています。どうか、許可していただけませんか」



お願いします、と深々と頭を下げる。
するとお祖父さまが立つ気配がし、私の前に跪いたのがわかった。
そしてゆっくりとお祖父さまは私の体を抱きしめた。



「…お前さんは、聡すぎる。……すまない」

「……いいえ、お祖父さま。短い間でしたが、ここに置いてくださり、ありがとうございます」

「姫、離れていても、お前さんはわしの孫だ。…覚えておいてくれ」

「…っ、ありがとう、ございますっ…」



ぎゅっと抱きしめ返しながら泣きそうになるのをぐっとこらえる。
お祖父さまはしばらく私を抱きしめてくださっていたが、遅くなるといけないから、と言ってゆっくりと体を離す。

お祖父さまは住むところを用意しよう、と言ってくださった。
正直、行くあてのない私にはとてもありがたい言葉だったから、素直に甘えることにした。
深々と頭を下げて、お祖父さまが用意してくださった朧車に乗り込む。

…これが、最後になるかもしれない。でも、後悔はない。

もう一度深々と頭を下げると、朧車はゆっくりと動き出した。



―――こうして、私は、若君の前から姿を消すことを選んだ。

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