ウワサ



あれから数年………

私はお祖父さまの紹介で山奥の古いお寺に住んでいる。
元々は奴良組の傘下にいた妖怪が住んでいたそうだが、寿命で亡くなられたと聞いた。
そんなお寺で細々と、時々町に降りたりしながら生きていた。
そんなある日、最近仲良くなった猫又さんが訪ねてきたときだった。

いつものように薬草を少し頂いたお礼にお魚の干物を渡す。
この干物おいしいんだよねぇ、と笑う猫又さんに喜んでもらえて嬉しいです、と笑い返した。



「それにしても最近治安が悪いねぇ」

「そうですね…最近生まれたばかりの妖が人や妖を襲っていることが増えたように思います」

「奴良組の力が落ちたからかねぇ」

「…どういう意味ですか?」

「んー?ほら、2代目が亡くなって跡取りが定まっていないだろう?
それなのに3代目候補の若頭は妖怪を取り締まるどころか人探しに夢中だそうだよ」

「…っ!」



猫又さんの言葉にどくり、と心臓が嫌な音を立てる。
人探しに夢中……もし、自惚れではなければ、探しているのは私ではないだろうか……
そして私を探していることが奴良組の衰退化の理由の一つになっている。
…それでは、本末転倒だ。何のために私が奴良組を出たのかわからなくなる。
自然と眉が寄っていたのだろう。猫又さんが不思議そうに私の顔を覗き込んだ。



「大丈夫かい?具合でも悪いのかい?」

「…いいえ。大丈夫です。…猫又さん、若君…いえ、奴良組の若頭は、今も人探しを…?」

「あぁ、そうらしいねえ。噂では昔の女だっていうよ。…女探しに夢中だなんて奴良組も落ちたよねえ」



困ったもんだよ、と軽く笑う猫又さんに私は何も言うことができなかった。

…私のせいでまた、奴良組に迷惑がかかってしまっている。
あの時は奴良組の将来を考えて自分の姿をくらませた。
しかし、それがまさかこんなことを引き起こしてしまうなんて……



「猫又さん、私…しばらくこの家をあけても大丈夫でしょうか?」

「おや、どこか行くのかい?」

「…はい…少しだけ、街に行こうかと」

「あぁ、わかったよ。行っておいで」

「…ありがとうございます」


軽く頭を下げて、私はすぐに山を下りる支度を始める。
…うわさが本当なのか、確かめるために。


――――――……

―――――…‥

―――…



姫がいなくなって、数年が経った。

浮世絵町を隅々まで探したがどこにも見つからず、…だからといって姫を探すのをやめることができず、いつか帰ってくるのではないかと淡い期待をもって町を探していた。
いや、夜だけじゃない。昼も…いつだって姫を探している。
誰かが隣にいたって、町で姫に似た後ろ姿を見るだけで姫じゃないかと期待して、その姿を見つめて…違うことに落胆する。
こんなにも恋い焦がれる存在。…それなのに、姫はオレの傍にいない。

今日もへびにょろに乗って姫の姿を探す。

あれから数年たっている。もしかしたら髪が少し伸びているかもしれない。
いや、一度は髪を切っただろうか。でも、きっとあのシルクのような髪の質は変わらないはず。
そんなことを考えながら下を見ていると着物に美しい黒髪の女性が目に入る。



「…っ、姫!!」


間違いない、あの後ろ姿は姫だ、とへびにょろから降りてその後ろ姿を追いかける。
しかしその後ろ姿は自分の声が聞こえていないのかすたすたと早足で進んでいく。
姫、ともう一度呼びかけて、走ってその細い手首を捕まえる。
そして勢いよくその手首を自分に引き寄せて、その人を振り向かせた。



「…え…誰、ですか?」

「……っ…すまない…人違いだった」



振り向いた彼女は、姫より少し幼くて、全くの別人だった。

そのことに大きく落胆する。




「どこにいるんだ…っ…姫」



ぎゅっと拳を握りしめる俺は全く気付かなかったんだ。

―――姫が悲しげに俺を見つめていたことなんて。

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