ナマエ
「おかえりなさい、若!今日は早…」
「ああ、ただいま」
「…お久しぶりです、みなさま」
『…っ、姫ーーーー!!!???』
え、あ、え、姫!?
いや、姫だろ!!!
幻覚じゃあるまいな!!!
そんな声が聞こえてきて、私は申し訳ないやら、…賑やかな声に嬉しいやら、どう反応したらいいかわからず、とりあえず、小さく笑う。
その笑顔にみんなが姫だ!姫だ!と嬉しそうに笑ってくれるから、こちらまで嬉しい。
この騒ぎを聞きつけて、ぬらりひょんさまが部屋の中から出てくる。
「なんじゃい、騒がし…」
「…お祖父様、」
「姫…!」
どんな顔をすればいいかわからずにいると、先程まで縁側にいたはずのお祖父様が一瞬で私の前に立ち、優しく抱き締めてくれる。
…その抱き締めている一瞬に、若君かと錯覚しそうになったのは、やはり血か。
「よく、帰ってきたな」
「…申し訳ありません、お祖父様。私から出ていったのに…」
「いや。気にするな。…帰ってきてくれて、ありがとな」
「お祖父様…」
嬉しくて、きゅっと、お祖父様の袖を握り締めた瞬間にばりっと勢いよくお祖父様から剥がされる。
そして、私の体は…若君の中に閉じ込められていた。
見上げると若君はとても不機嫌そうな顔。
…まるで、大好きな姉がとられてしまったような……
目の前のお祖父様は最初は呆気に取られていたが、やれやれと小さく笑いながら肩をすくめた。
「嫉妬深いのぉ、リクオ」
「触るんじゃねぇよ、俺の女に」
「…若君、あなたの女になった覚えは、」
ない、と、続けるはずだった。
でも、その言葉は若君の口づけによって消えてしまう。
何度も唇を重ねるようなキス。離れたくても、がっちりと体を抱き締められているので、離れることもできない。
なすがまま、なされるがままに翻弄されているにもかかわらず、体はきゅうっと熱くなっていく。
「…は、ぁ…」
「……っ、(とまらねぇ…)」
熱い、…熱い。
触れられているところすべてが熱くて、とろけてしまいそうだった。
意識がもっていかれる、と思った瞬間、がんっ!!と鈍い音がして、急に私から若君が離れていくのがわかった。
突然、支えがなくなり、私はその場にへたりこむ。
恐る恐る前を見ると頭を押さえている若君、ドスを手にしているお祖父様、…顔を真っ赤にしている妖怪たち。
「…っ、何しやがんだ、じじい!いてぇだろ!」
「何してんだ、はこっちのセリフじゃい!周りをよく見ろ!公然の前で何してんだ、馬鹿もんが!」
「だらかってドスで頭殴んじゃねえ!」
まるで兄弟のように言い合う二人。
そんな二人を放っておいて、まだ少し頬の赤い首無が座り込んでる私に手をさしのべてくれる。
「大丈夫?姫」
「はい…ありがとうございます」
「とりあえず、部屋に、」
首無の言葉が途中で遮られる。
…手をとろうとした私と首無の間に入って、音もなく私をお姫様だっこしたからだ。
「このまま休む。詳しくは明日だ」
若の花嫁候補か!と囃し立てる声に、そんなわけなかろう!と怒鳴るお祖父様の声が後ろから聞こえてくる。
花嫁って…私は若君の腹違いといえど兄弟なのだからありえない。
知っているのはお祖父様だけだから、そんな発想になるんだろうが。
この体制はさすがに恥ずかしくて、若君、歩けます、と言ったが無言の否定。
オーラからも降ろしてくれる気がないことがわかった。
重くないのかしら、と自分の体重のことを考えていると、ついたのは若君のお部屋。
すでに布団はしいてあり、その上にそっと降ろされる。
…そして、何故か私の体を抱き締めて若君も添い寝する。
「(とても恥ずかしくて眠れない…)」
「…今日は、側にいてくれねぇか?」
「え…?」
「……起きたときに、またいなくなるんじゃねぇかって、不安なんだ」
きゅっと、先程よりも抱き締める力が強くなる。
そんな弱々しい若君に申し訳なさと…少しの愛しさが込み上げる。
…でもその愛しさは弟に向けたものだと言い聞かせて、そっとその背中に手を回した。
「…お側におります、若君…」
「リクオ」
「あ…」
「リクオって、呼んでくれ」
手の甲で優しく頬を撫でながら、私の目を射ぬく。
手の優しさと、目の激しい欲にどきり、と胸が高鳴った。
…言ってはいけない。言ってしまえば、この気持ちに名前がついてしまう。
でも、若君の瞳に逆らうことなんて、できない。
「…リクオさま」
「…っ、」
激しい瞳が、切なげに揺れる。
ずっと…ずっと、欲していたものを、ようやく手に入れられたように。
姫、と名前を呼ばれて、再び私の体は若君によって優しく抱き締められる。
その優しくも痛いほどの温かさを感じながら、私たちは静かに眠りに落ちていった。
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