コボレル



「おかえりなさいませ、若君」

「…姫…?こんな時間に何で、」

「少々早く目が覚めまして」



そう告げる姫はどこか疲れているような、…寝ていないような雰囲気があった。
心配になってそっと姫の肩に触れると、ひんやりとした冷たさが手に伝わる。

ずっと、外にいたように……

まさか、ずっと、俺の帰りを、

そう考えていたが、すっと避けるように姫は体をずらして立ち上がる。



「…もうお休みなさいませ」

「姫、お前、」

「では…」


俺から逃げようとする姫の体を素早く抱き寄せて、抱き締める。
ひんやりと冷えた体にやっぱり待っていたのだと確信する。

沸き上がるのは、大きな嬉しさ。

まさか姫が帰らない俺を寝ずに待っていてくれていたなんて……

でも、姫はふわりと何故か俺の腕の中から消えて、いつの間にか俺から遠く離れた場所にいた。
……今のは、ぬらりひょんの畏…?…いや、まさか、



「若君は、…カナさんと幸せになるべきです」

「な…に、」

「…いえ、何でもないのです」

「待て!」



今度は離さなかった。
腕を掴んで、姫を体の中に閉じ込める。

おやめください、と拒絶する姫と無理やり目を合わせる。


――綺麗だ、

今にも泣きそうな顔。潤んでいる瞳。何か言いたげな赤い唇。
全てに欲情して…抑えていなければ姫をめちゃくちゃにしてしまいそうだった。

そして今わき上がっているのは、嬉しさ。

姫は「カナと幸せになるべき」と言った。
つまり、今までカナと一緒にいたことを知っているのだろう。

そして、そのことを快くは思っていない。…嫉妬、しているのだ。姫が、カナに。
その事実が何よりも歓喜で心を震わせる。



「俺のことが好きなのかい?」

「なっ…何を仰せに、」

「嫉妬、してくれたんだろ?」



なぁ、どうなんだ?

そう姫の耳元で囁く。答えを、促すように。
次第に姫の耳が赤くなっていくのが目に入る。きっと、顔も真っ赤だろう。
その事実が嬉しくて、ゆるゆると顔がみっともないくらい緩んでいくのがわかる。

あぁ、この可愛い人を、どうしようか。

いつもはどこか一線を引いているように、…静かで、たおやかな姫。
滅多に感情の起伏を大きくすることはない。
海のように穏やかで、どこまでも、優しい。
そんな姫の感情を揺るがせているのが自分だと思うと嬉しくてたまらない。



「し、嫉妬など…そのようなことは、」

「へぇ…そうかい。なら、オレがカナちゃんと付き合ってもいいのかい?」



その言葉に、姫は息を飲んだのがわかった。
…あぁ、動揺してくれている。
そうだ、動揺しろ。そして、言ってほしい。

“嫌だ”と。

オレは自分のものだと、…好きだから、嫌だと、縋ってほしい。

そうすれば、オレは笑ってありったけの愛をこめて、キスするのに……

姫は小さく…聞こえないくらい小さく、息を吐くと、うるんだ目でオレを真っ直ぐ見つめる。



「それが…若君のお心なら、私は応援します」



頭を殴られたようだった。

なぜ…何故、嫌だと言わない。ましてや、応援するとまで……
…姫は、オレのことが、好きじゃないのか…?

オレが感じた姫の愛が、砂のように零れ落ちていくように感じる。
あれは、幻だったのか…?姫が俺のことを好いてくれていると思ったのに……



「では…ゆっくり、お休みなさいませ」



今度こそ、姫の体がオレから離れていく。

――愛しい熱が、離れていく。

それが、たまらなく空しく感じたが、オレは再び姫を引き留めることはできなかった。

- 18 -

*前次#


ページ:

back
ALICE+