チカヅク



姫がぬら組にきて数日…姫はすごく働き者でいつ見ても何かしら働いていた。
食事の支度はもちろん、朝はそうじ、昼は洗濯物、夜は洗い物…休んでいるのかと幼心にも心配になるほど。
母さんとも仲良くなったようで、時々お茶したり談笑しているようだった。

一方、僕は、そんな一生懸命な彼女にあまり話しかけることができないでいた。
…本当は、話したいのに。
でも、姫は僕が話しかけるとき何故かみんなに向ける笑顔とは違う笑顔で笑いかける。
寂しそうな、…少しだけ困ったような、優しい笑み。
その笑顔がどこかひっかかって、なんでそんな笑みを僕だけに向けるのか聞きたいのに、踏み込ませてくれない。

そう、姫は踏み込ませてくれないのだ。―――自分の内側に。



「姫ー遊ぼうぜー」

「河童さん。あと少しで終わるので、それまでこの胡瓜を食べて待っていてください」

「わかった。…ん?オイラ、何か食べ物につられてない?」

「ふふっ、気のせいですよ」



ほら、今はあんなに楽しそうな笑顔。
…河童にはあんな笑顔を向けて、遊ぼうと簡単に言って…
みんなが姫と親しげに呼んでいることに何故かもやもやと黒いものが心をしめる。

そのもやもやが広がって、思わず顔をしかめていると、姫の視線がふいに僕に向いて…何故かこちらに走ってきた。



「若君、どこかお具合が悪いのですか?」

「……え…?」

「とても辛そうな顔をされていたので。お熱があるとか、」



ぴたり、と僕と姫のおでこが触れあう。
目の前には心配そうな顔をして目を伏せた姫の顔がすごく近くて、


「…っ、っ!!!」

「…お熱はないようですね…、…若君?」

「う…っ、あ…だ、大丈夫!大丈夫だからっ!!」

「…よかった…」


ほっ、と息をつきながら安心したように笑う姫に先ほどまでのもやもやが一気に晴れていく。
…僕のこと、ちゃんと見て、心配してくれた……
そのことが嬉しくて、顔が赤くなるのをとめることができなかった。
そんな僕にやはり熱があるのではないかと思ったのか、姫は優しい笑みを浮かべた。



「お加減が悪くなったらすぐに教えてくださいね、若君」

「…うん、ありがとう…姫」

「お礼をいうには及びません…」

「そうだ、若、一緒に遊びましょうよ」

「河童、いいの?」

「もちろんですよ。ね、姫」

「はい」



遊びましょう、と姫に手を差し出される。

内側に踏み込ませてくれない、姫。…どこか寂しそうに笑う女の子。

でも今は、確かに少しだけ近づいたような気がする。

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