フカク
「――なあなあ、あの転校生かわいくね?」
「俺もそう思ってたんだよなー!かわいいよな、笑った顔とかたまんねぇし」
「彼氏とかいるのかなー」
「(………やっぱりこうなる…)」
聞こえてくる姫に対する称賛。それが女の子ならいいが、ほとんどが男。
穢らわしい目で姫を見ていることに黒いものが心を覆いつくしていく。
――だから嫌だったんだ。姫とクラスや学年が離れるのが。
噂によると姫はすぐに人気者になった。
勉強も運動もできる。だからといって驕ることもなく、謙虚で淑やか。穏やかで年不相応なくらい包容力がある。しかも美人。
女の子も男の子もその魅力にとらわれないはずがなく、すぐに人気者になった。
高学年ともなると言い寄ってくる男も少なくないようで、毎日姫の近くには男がいる。
姫も嫌がればいいのだが、人のいい姫は嫌な顔せずその男たちの相手をする。
そんなの、ますます調子にのるじゃないか…!
ぎゅっと、拳を握りしめていると廊下に見える姫の姿。
どうやら本の片付けを頼まれたようでその腕にはたくさんの本が抱えられていた。
そしてその後ろから近づく男の影。…ほら、またそうやって無防備な姿を見せる。
「姫さん、重たいでしょ。手伝うよ」
「ありがとうございます。とても助かります」
「姫」
若君、と小さく僕のことを呼ぶ。
隣にはさっきの男。…あぁまた黒いものがどろどろとしてくる。
でもこの気持ちを悟られないためににこり、と笑いかける。
「一緒に帰るって約束忘れたの?待ってたのに」
「…ごめんなさい。先生に頼まれ事をされたので…」
「それ、図書室?」
「はい」
「センパイ、いいですよ。僕が持っていくので」
「え、あ、」
「じゃあ行こう、姫」
「はい。…佐藤くん、ありがとうございました。また明日ね」
「あ、う、うん!また明日」
ぐいっと姫の腕をひいてすぐさまその場から離れる。
…冷静に考えたら何で僕、こんなに苛々してるんだろう。
別に姫が誰と仲がよくたって僕には関係ないはずなのに。
「…若君…?」
…あぁ、そっか。姫が僕を若君と呼ぶから。
僕をリクオと呼んでくれないからだ。あの心地のいい声で他のやつを呼ぶからこんなに苛々するんだ。
「リクオって呼べって言わなかった?」
「…ですが…」
「命令だけど」
「…、…リクオさま」
紡ぎ出された僕の名前。それはとても優しくて、温かい。
先ほどまであった黒いものも包み込まれるようになくなっていった。
―――こうしてどんどん、思いは深くなっていくのだ。…戻れないくらい、深く。
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