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何か話しかけてくる歌愛の言葉なんて入ってこなくて、ただ目が探すものは美瑠の姿。
どこか繊細にも思える黒髪に、抱きしめたら壊れてしまいそうだけど敵を倒すときはどこまでも強い、女の子。
人一人の影も見えない並中に僕は何もいわず歩き出すと恭弥、と歌愛が僕の名を呼んだのが聞こえた。
「…な、…っ!?」
ふわり、と知らない甘い香りがした。
美瑠の、あの優しい飾り気のない香りではなく、大人しめにつけられた香水の香り。
その香りと同時に唇に感じる、柔らかさ。
―――歌愛にキスされている。
そう理解することに少しだけ時間を要したがすぐに不快感が襲い、歌愛を突き飛ばしていた。
殴らなかっただけでも自分は偉いと思う。…いや、一瞬だけトンファーを取り出そうとしていたが。
まだあの感触が残っているような気がしてぐいっと唇を拭うがそれだけじゃ不快感は拭えそうになかった。
突き飛ばされた歌愛は哀しそうに顔をゆがめながら僕を見上げる、けど。
その顔が恐怖というより怯えに変わるのに時間はかからなかった。
「…なんのつもり」
「…っ、キス、したかった、の。…だって、私は…あなたの、彼女、だもの」
「………」
“彼女”
その言葉が今ほど苦しく感じたことはない。
自分の彼女だという人は、美瑠じゃない。あのどこか柔らかい声じゃない。全部、全部、違う。
その事実だけが胸に突き刺さって、僕の側にいてほしい人がいないことを実感する。
苛立ちと後悔、…そして渇望。
それらの感情にぐっと拳を握り締めて僕はすぐに歌愛に背を向けた。
「僕が愛しいと思える人は…美瑠だけだ」
君じゃない。
きっと、彼女にとっては辛い言葉だろう。…わかっている。
彼女は幼い頃から自分のことが好きだった。美瑠という好きな人がいたからこそわかることだけど。
その気持ちを知っていながら利用しようと考えたのも自分。
どんなに残酷なことだとわかっていても、それを実行したのは自分だった。
僕はそれから一度も振り返ることなく校門を出て行った。
―――ある人間が笑っていたことも、誰かが泣きながら校舎に戻っていったことも、知らずに。
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