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恭弥、と名前を呼ぶと「どうしたの、由里」と振り向いてくれる。
きっと昔の私なら振り向いてくれただけで奇跡で、涙が出るほどうれしかっただろう。
恭弥が姫ちゃんの記憶を失って、…私が代わりになってから、恭弥は姫ちゃんに向けていた視線を私に向けてくれるようになった。
最初の頃は本当に幸せで……優しいまなざしに、優しい言葉、優しい触れ合いが奇跡のように思えた。
大好きな気持ちがどんどん膨らんでいって、もっと、…なんて欲が出てくる。
もっと恭弥に好きになってほしい、もっと私を見てほしい、もっと…触れてほしい。
でも、
「恭弥、おかえり。任務、どうだった?」
「いつも通りだよ」
「でも今回は初めてのフィレンツェだったんでしょ?何か、」
「由里、明日もあるからもう休むよ」
「…そ、う…だよね。ごめん、おやすみ」
「おやすみ」
さっさと部屋から出ていく恭弥の背中を見送って、こみ上げてきた涙を必死に飲み込む。
一緒にいるだけで幸せだったのに、恭弥の温もりを知ってしまった私は、気付いてしまったんだ。
……今の恭弥の心の中に、私はいないことを。
いつからだろう、恭弥が私との時間より風紀財団のことの方が大切になったのは。
仕事と恋愛を比べるつもりはないけれど、昔の恭弥は私を常に傍に置いていてくれていた。
それこそ、公私混同しているのではないかと思うくらいに。
風紀の仕事のときだって、私に仕事を与えてできるだけ一緒にいてくれた。
なのに……恭弥はいつからか風紀財団の仕事を私に与えなくなった。
与えたとしても、恭弥の傍にいなくてもできるようなことばかり。
どんどん一緒にいる時間が短くなって、…交わす言葉も少なくなって……
「…恭弥…っ」
あなたの温もりを求めることは、我儘ですか…?
(この座が、誰かから奪い取ったものだとわかっていても…求められずにはいられない)
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