36.1



財団に、と誘われてから恭弥は私に興味をもったのか、時々会いに来るようになった。

理由は様々。
任務から帰ってきた報告だったり、お土産を渡しにきたり、草壁さんから預けられたものを持ってきたり。
最初は戸惑ったけど、恭弥と話せるのは嬉しいことだから拒むこともできなくて。
時々会って話すだけの関係が、少しだけ心地よかった。

今日は珍しく非番で、私は久しぶりにゆっくり読書していた。
こんなにのんびりしていいのかしら、なんて貧乏性なことを考えていると「何しているの」と後ろから声をかけられる。

本から目線を上げて、後ろを振り向けば無表情の恭弥が立っていた。
任務帰りなのか黒いスーツに身を包んだ恭弥。…しかし。



「……。髪、切りました?」

「そのことに触れるな」

「(あぁ、気にしてるんだ)」



ドスのきいた声で一喝した恭弥に内心、小さく笑いをかみ殺す。

触れるか触れないか、迷ったのだが、恭弥の髪が少し…いやかなり短く切られていた。
特に前髪なんて眉が見えるほど短い。失敗したのだろうかと思ったが、聞いたら再び怒られてしまいそうなのでやめておいた。



「雲雀さん、少し待っていてください」



本に栞を挟んで、近くにある自分の部屋へと戻る。

鏡の前に置いているワックスだけ手に取るとすぐに談話室へと戻っていった。
恭弥はいるだろうかと少しだけ心配になったが、その心配は取り越し苦労だったようだ。
恭弥は私の読んでいた本を手に取り、足を組んで読んでいた。

…悔しいけど、絵になるなぁ……

もう少し見ていたい気もしたが、あまり待たせるのもよくない。



「雲雀さん、お待たせしました」

「…ん。何」

「少し、髪をいじらせてもらってもいいですか?」

「……、…まぁいいよ」



手早くね、という条件付きで髪を触らせてもらうことになった。
久しぶりに恭弥に触れることもあって、緊張で少しだけ手が震えた。

小さく息をついてそっと髪に触れると相変わらずサラサラでふわふわな手触りが伝わってくる。
本当に男の子だろうかというほど髪が綺麗で羨ましい。
相変わらずトリートメントなんてしてないんだろうな、なんて関係ないことを考えた。

ワックスを温めて、恭弥が気にしている前髪部分に少しだけつけると形を整えていく。

…うん。我ながらとてもいい感じにまとめることができたんじゃないかな。

持っていた手鏡を恭弥に手渡し「どうでしょう?」と尋ねてみる。
恭弥は少しだけ手鏡を見つめると、満足そうな笑みを浮かべた。


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