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「そんなことしない。君は気に食わないけど、気に食わないから暴力を振るうなんて低俗なことはしない」

「…そうですか」



あぁ、やっぱり恭弥なんだな。
乱暴で、我儘で、理不尽のように思われるけど、筋の通らないことはしない。

記憶がなくなっても変わらない部分に少しだけ安心してしまう自分がいた。

…あぁ、だからダメなのに。そう小さく自嘲して。



「反論してこないの?」

「…?なぜ、反論しなければならないのですか?」

「君、並中生だろ。なら、僕が暴力を振るっているところを見てきたはずだ。
その中から僕の言葉の反例をいくつか言えば、僕を言い負かせられるのに」

「勝ち負けに興味はありません。それに…あなたの意見に私は納得したから」

「…どういうこと?」

「“気に食わないから暴力を振るうなんて低俗なことはしない”
きっと、そうなんだろうなって思って」


もう、いいだろう。恭弥を忘れるためにここに来たのに、恭弥と話してしまったら逆効果だ。

恭弥から言葉がなくなったのを機に、私は立ち上がるとぺこりと一つお辞儀をする。
恭弥の隣をさっさと通り過ぎようと歩き始めると「ねぇ」と一言声をかけられる。

声をかけられるとは思わなくて、反射的に足をとめると恭弥を振り返った。



「君、前に僕の病室に来たよね?」

「………」

「由里の知り合い?」

「…えぇ、同じクラスです」

「そう。君、名前は?」
「ぼくは雲雀恭弥。きみは?」

「……―っ…」



よみがえる、昔の記憶。恭弥と初めて会った時もそう聞いてきた。

重なる声に少しだけ涙が込み上げてきたが、ここで泣いては不自然だと一生懸命こらえて、恭弥から視線を外す。



「…佐藤姫」



あの時と同じように、自分の名前だけを告げる。
私の名前を聞いた恭弥は、あの時のように満足そうには笑わず「ふぅん」と一言だけ興味なさそうに呟いた。

…当たり前だ。あの時とは違うのだから。

そのことに少しだけ寂しさを感じながら再び歩を進める。

あの時のように、恭弥は「またね」とは言わなかった。


――それが、すべてだった。


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