お上



お上がお呼びです、と侍女さんに言われて思わず背筋が伸びる。

御支度を、と急かされて慌てて読んでいた書を閉じると着物を着替え始めた。
あぁ重たい着物がさらに高価で重くなっていく……
そんなことにうんざりしながら髪を梳いてもらい、お上の前に出てもおかしくない格好に変身する。

さ、姫様、といつも以上に上機嫌な侍女に輿に乗せられてお上のいる宮中へと向かう。

道中、少しだけ輿の窓を開けて外を眺めていればいつも抜け出して見る風景が広がる。
でも、抜け出した時よりも少しだけ色あせて見える気がして、気持ち次第だと小さく苦笑する。
しばらく少しだけ色あせた風景を眺めていれば宮中の門が見えてくる。
あぁ大きいな、なんて考えているとすぐさま宮中の中に入り、建物の前まで運んでくれる。

着きました、と声がかけられ、静かに輿の戸が開かれた。

静かなようで、ひそひそと噂話のような声が耳に入ってきて少しだけ不快感が心を占める。

どんなことを言われているのか……
あれが噂の先見の姫か、とか先見ができるなど気持ち悪い、とかどんな人物か、とかその程度だろう。

あぁ、めんどくさい。いっそ奇声でもあげてみるか。そうすれば怖がって逃げていくだろうに。



「姫様、いかがなさいました?」

「…いえ、何でもありません。行きましょう」



とりあえず周りの目が見えないように扇で顔を隠し、輿からゆっくり降りる。
奥に入れば入るほどひそひそ声が気になって仕方がない。
というか、どうやら噂話をしているのは宮中の女房が主なようで嫌な視線が纏わりつく。

どうせ気味悪がっているのだろうが、好奇心が強いというのは厄介だ。怖いもの見たさ、というやつだ。

姫様、こちらです、と案内され、広々とした部屋に静かに座り込み、首を垂れる。

そうすれば御簾の向こう側に誰かが座った気配がした。



「そなたが、“先見の姫”桜姫か」

「はい」

「面を上げよ」



お上にそう声を掛けられて、私はゆっくり顔を上げる。
するとお上は「近こう」と言い出すから少しだけ歩を進める。
もっと近こう、とさらに重ねられるから本当に近くまで寄ることになった。

するとパチン!と扇子の鳴る音がして、周りにいた人たちの気配が音を立てずに消えていくのがわかった。

…人払い、か。今、この部屋には私とお上しかいないことになる。

しばらくすると御簾がゆっくりあげられて、中からお上が出てくる。
直接顔を見るのは失礼だからあわてて顔を伏せると「よい」と止められた。
その言葉に甘えて再びそっと顔を上げると思った以上に若い男性が私の前に立っていた。



「ふむ…噂以上に美しい姫だな」

「………」

「そなた、今都中の噂の的になっているのは知っておるのか?」

「…はい」

「そなたの力は面白い。…その目で私の未来(さき)を見てみよ」



とすり、と私の前に座り込むとにやにやしながら私を見つめる。
この人は一体どんな言葉を望んでいるのか……
…いや、この人はただ単にこの状況を楽しんでいるだけだ。
どんな先を言われるのかは関係ない。ただ、私がどんな人物かを知りたいだけ。

それなりに処世術を身に着けている賢い者なのか、それとも何も知らない無知な姫なのか……

私が見えてきたのはこの人の栄華であり、安定の日々。
こんなつまらないことをこの人は知りたいわけじゃないだろう。



「…知ってしまわれたら、面白くないと思われているのでは?」

「知りたいと思うのは世の常だと思うが?」

「安定している。…といったら満足でしょうか」

「そのようなことは承知している」

「では、何をお知りになりたいのですか」



挑発するようにまっすぐ見つめればお上は私をじっと見つめると、…なぜか大爆笑し始めた。
弾けるような笑い声に私はぽかんとお上を見つめる。

ひとしきり楽しげな笑い声をあげた後、一つ息をついて「あー久しぶりじゃ…」と呟いた。



「そなた、面白いのぉ」

「…光栄に存じます」

「心のこもっておらぬ言葉だ」

「お上、一体何が言いたいのです」

「そなたを気に入った、と言いたいのだ」



にやり、と不敵な笑みを浮かべるお上にため息をつきたくなった。

この人…思った以上に若いと思ったら、幼いの間違いだった。本当にこの人やり手のお上なのだろうか。

じとっと見つめているとお上は小さく笑って再び立ち上がった。



「来月、花見の宴がある。そなたも出席せよ」

「宴、ですか」

「何、楽しめばよいのだ。深く考えるでない」

「…わかりました」



絶対楽しめない、と思いながらもお上の命令だ。行くしかない。
楽しげに笑うお上に小さくため息をつきながら来月のことに思いをはせた。

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