出会い



「桜姫様、今日からここがあなた様のお屋敷となります」

「ありがとうございます」

「お上へのあいさつは後日いたしましょう。では、ごゆるりと」



冷たい表情で淡々と告げる侍女は軽く礼をして襖をしめ、足音もなく部屋を離れていく。
そんな侍女の気配がなくなるとふぅ、と小さく息をついて窓から見える景色に目を向ける。

人質として京に来たが、つけられた侍女は「田舎娘が」と軽視するような人で、気が休まらない。
つんとしていて、気軽に話せそうにないから少しだけ落胆する。

京といえば華やかなイメージがあったが、どこか空気が白々しく殺伐としているように感じた。

自分の国にいた時は確かに京のように洗練されたものはないが、みんな温かく、優しく包み込んでくれるような雰囲気だった。
来たばかりだというのにあの素朴で温かみのある雰囲気が恋しく思うのだから先が思いやられると自分でも苦笑する。

綺麗に手入れをされた美しい庭園……

散歩でもすれば少しは気が晴れるだろうか、と立ち上がるとずしりとかかる着物の重さ。



「あ…そっか…十二単だった…」



いつもは着物に打掛をかけるくらいの格好だったが、ここは京。
正式な格好でいてもらわねば、とかなんとか言われて侍女に着させられた十二単。
とても美しい打掛を幾重にも着るのは美しいが、私から言わせれば重いもの以外何ものでもない。

侍女は「ごゆるりと」と言っていたのだがら、ちょっとくらいごゆるりとしてもいいだろう。

ささっと打掛を脱ぎ捨てると襖を開け放して庭へと降りる。
軽くなった体に背伸びをして、気持ちのいい空気を体いっぱい吸い込んだ。



「はぁ…気持ちいいー」



この庭は本当にきれいだ。庭師がよく手入れをしているようで、季節の花が咲き乱れている。
この花たちを見ていると憂鬱な気持ちが少しだけ晴れたような気がした。

ゆっくりと歩きながら庭を堪能していると少しだけ変な風が頬を撫でる。

普通なら壁があって吹くはずのない風が横から吹いているのだ。
おかしいな、と壁に向かって近づいていくと茂みに隠れて小さな穴が開いているのを見つける。

人一人なら通れそうな小さな穴……



「…よし、」



私はすぐに部屋へと引き換えし、荷物の中に入れていた“お出かけ用”の着物を取り出す。
絹でできた綺麗な着物ではなく、木綿でできた町の娘が着るような着物。

ささっと着替えて、すぐさま先ほどの壁まで走っていく。
次に侍女が来るのは一刻後ほどだろう。それまでに帰ればいい。

キョロキョロと周りを注意深く見渡して胸が高鳴るのを抑えながらその穴を潜り抜ける。

その広がる先は……優美で、活気のある街並みが広がっていた。



「さぁ、見ておゆき。いいものが入っているよ」

「おいしいよ!ぜひ見て行ってね!」

「わぁ…!」



美しくもおいしそうなお菓子、キラキラと光る装飾品。
すべてが目新しくて思わず目移りしてしまう。

ここが京…日本の中心。すごい…!どうやって作っているのか、ぜひ知りたい。

わくわくする気持ちとともに街の中を時間を忘れて歩き回る。
あぁ、あの織物一体どうやって染めているのだろう。染め方がわかれば国のみんなにも教えることができるのに。

あの飴細工…!綺麗だわ…どうやったらあのように形作れるのだろう。

竹細工と交換できれば、


―――ドンッ!



「きゃっ…」

「うぉっ!?」



考え事をしながら歩いているのが悪かったのか、目移りしていたのが悪かったのか。
誰かとぶつかってしまい、相手の方が強かったようで私の体は簡単に地面へと投げ出される。

痛い、と思いながらもぶつかってしまったのは私にも非がある。

ごめんなさい、と目線をあげると腕を押さえているのは武士。…いや、浪人か。
とにかくぶつかった相手が悪かったようだ。

すぐさま「申し訳ありません」と謝り、立ち上がると相手は私をぎろりとにらむ。



「そなた、一体どこの者だ!腕が折れたではないか!!」

「え…まさか、腕が折れるなど、」

「折れてんだよ!あぁ、痛いっ!一体どうしてくれるんだ!」

「申し訳、ありません…」

「金…いや、そなた見ればよい顔をしておるな…わしらについて来れば許してやろう」

「え…」



にやにやと嫌な笑みを浮かべて私を見つめる彼らに嫌な予感しかしない。
ついてくれば、というが着いていって一体何をするつもりなのか。考えるだけ恐ろしい。

それは、と一歩後ずされば怯えたのだと調子に乗り、男たちは私との距離を詰める。

「来い!!」と無理やり腕をとられ、ぐいっと強引に腕を引っ張られる。



「痛いっ!離してっ!」

「いいから、」



来い、と言われるかと思ったが、なぜか突然腕を引っ張っていた手は離れる。
倒れると思っていた体はふわりと優しく抱き留められ、倒れることはなかった。

ぎゅっとつぶっていた目をゆっくりと開ければ、腕を押さえ、怯えたような表情をする男たちがいた。



「嫌がってるだろ」

「…っ、おぼえとけ!」



負け惜しみなのかそんな一言を吐き捨てて男たちは逃げていった。

まだ抱きしめられている体。
男の人に抱きしめられるなど父親以外にはない。

その事実に少しだけドキドキしていると「大丈夫?」と優しい声が降ってくる。
はい、と辛うじて返すことができると優しい体温が静かに離れていった。

そうしてようやく助けてくれた彼の顔を見ることができた。


――茶色の髪に、茶色の目。眼鏡をかけているけれど、その目の輝きを隠すことはできない。

とても綺麗な人だと思った。容姿の美しさではない。…心の綺麗さだ。

何とも美しく、大きな器の人だと思った。



「あ…ありがとうございます…」

「怪我はない?」

「えぇ、大丈夫です。お手を煩わせてしまいました…」

「大した面倒じゃないよ。…もしかして京は初めて?」

「はい。今日来たばかりです」

「あぁ、だからか。キョロキョロしていて危ないなぁって思ってたんだ」



ニコニコしながらさらりと言われたが、恥ずかしいところまで見られていたようだ。
恥ずかしい、と顔が赤くなるのがわかったが、隠すこともできずに俯くことしかできなかった。

そんな私の頭を優しくぽんぽん、と撫でると彼はとてもいい笑顔を浮かべた。



「好奇心旺盛なのはいいけど、気を付けてね。じゃあ」

「…っあ、待って!」



歩き出そうとした彼の手をぎゅっと握りとめると彼の歩みが止まる。
どうしてだろうか、このまま彼と別れるのは嫌だったのだ。

ただの通りすがりの縁ではなく、深く…もっと彼のことを知りたいと思ったのだ。


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