世界で一番好き



空気が凍る、というのはこういうことだと初めて知った。


お願いです、お礼をさせてください、一回だけでいいんです!!
そう何度も迫られて正直面倒くさくてため息をつきながら「…一回だけ、2時間だよ」と了承したことがすべての原因だろう。
以前危ないところを偶然助けたお嬢様が助けてくれたお礼にデートしたいと言い出し、嫌だ嬉しくないと何度も断ったのだがしつこく付きまとわれて仕方なく条件付きで付き合うことになった。

僕には最愛の彼女、姫がいるということだって伝えている。
ちなみに姫はこの娘と正反対で頭はキレるのに謙虚で嫋(たお)やかでもうすぐにでも嫁に来てほしいくらいいい女。
今日だって出かける僕に「気を付けてね」と行く場所も聞かずに笑顔で見送ってくれるどこまでも器の大きい人だ。

ここのパフェがおいしいんです、と腕を引っ張るこの子に「あぁ姫なら」なんて比べてしまうのはおかしいのだろうが、どうしても比べてしまう。
あの落ち着いた雰囲気が恋しい、なんて小さくため息をつき、ふと窓の外に目を向けると……驚いたようにこちらを見つめている姫の姿が目に入る。
姫は僕と目が合った瞬間に、目をそらしてどこかへ走って行ってしまう。
見間違い?いや、この僕が姫を見間違えるはずがない。じゃあ、あれは…姫…っ!?



「…ッ!!」

「え、あ、ちょっと、雲雀さん!どこ行くんですか!!」



見られた。いや、やましいことをしているわけじゃない。だけど、あれは確実に誤解された。
それは困る!姫に浮気してると誤解されるなんて絶対にあってはならない!姫がいないと僕…っ

姫が走っていったであろう方向を手あたり次第に走り回っていると、ベンチに座り込んでいる黒髪を見つける。



「姫っ…!!」

「…あ、恭弥…どうしたの?」

「え…いや、どうしたのって…」

「…?私、用事があるから行くね」



不思議そうな顔のまま普通に歩き出す姫の後姿を呆然と見つめる。

あれ…?見られて、なかっ、た…?
でも、姫がここにいるってことは、見たはずだよ、ね…?

でも姫は何も聞かなかった。あの人は誰、とか、デートだったの、とか、…浮気なの、とか。
いつも通り接して、…え?いや、おかしいよね?何で責めないの?何で聞かないの?何で…怒らないの…?

そんな疑問が浮かんでは消えて、浮かんでは、消え…ただ、立ち尽くすしかなかった。












――姫side


最近、おかしいと思うことはあった。

いつも無臭…いや、どこかどきっとさせられるようなミントのような香りを包んでいたはずの恭弥が、いつからか甘い匂いを付けて帰ってくるようになった。
最初は任務で知り合った女性の方の匂いかな、と思っていたけれど毎日のようにつけてくる匂いに「あぁもしかして愛人かも」と思うのに時間はかからなかった。

恭弥はかっこいいからモテることは知っていたし、今更気にしない。…いや、ちょっと気になるけど。でも、気にしていたら大変なんだ。そう言い聞かせていた。
今日も久しぶりの休みのはずなのに恭弥は行き先も告げずに出かけて行った。
いつもなら「任務でフランス」「3日は戻らない」とか私が心配しないように行き先を言っていてくれていたのに。
…言えない場所、言えない内容なのかな、と思ったら思い出すのは甘い香り。
あぁそうかもしかしたら愛人さんのところに行くのかも、と冷静な頭が囁く。

そう考えていたら嫌な事ばかりめぐって、気分が悪くなったから気分転換に街へとお買い物に出かけた。
…その選択はすぐさま後悔することになる。

甘いものが大嫌いな恭弥がかわいらしい女の子とカフェにいたのを見てしまったから。

人混みが嫌い、甘いものが嫌い、洋物より和、の恭弥が、カフェ。
きっとあのかわいい女の子の行きたいところなのだろうとすぐにわかった。
…あの唯我独尊、僕様の恭弥が合わせるなんてありえない。ありえるとしたら……好き、だから。

そう考えついてぶわり、と鳥肌が立った。

恭弥が好きな人、…私ではない、ほかの好きな人。
そんな存在ができるなんて、今まで思いもしなかった自分の傲慢さに呆れてしまう。

無意識に信じられなくてじっと見つめてしまっていたのだろう。
そんな視線に恭弥が気付かないはずがなく、一瞬驚いた表情の恭弥と目が合う。
その瞬間、とんでもない羞恥心が襲ってきて、思わず逃げ出したくなって一気に走り出す。

見られた。嫉妬している私を。こんな醜い私を。…っ恥ずかしい…っ!

消えてしまいたくて一生懸命走って、…見えないところにあるベンチに座り込む。
…やだ、もう…私…どうして、こんなことしたんだろう……
泣くべき?怒るべき?悲しむべき?八つ当たりするべき?哀れな私を笑うべき?あぁもう、頭の中ぐじゃぐじゃ。

そんな時、何故か恭弥は私を追いかけてきてくれた。…いや、追いかけてほしくなかった。
こんなわけがわかっていない私に話しかけないでほしかった。

勢いに任せて……恭弥を傷つけてしまいそうで、怖い。

だから、何でもないように装って恭弥の前から一刻も早く立ち去る。
これ以上醜い自分をさらしたくなかったし、…恭弥も傷つけたくなかった。

でも、このまま一人で抱え込めるほど大人ではない私は一目散にボンゴレのツナの執務室へと駆け込む。



「ツナ!!」

「わっ!あ、なんだ姫か!びっくりしたー。どうしたの?いつもならノックするのに」

「あ…ご、ごめんなさい…」

「ううん、何か大変なことがあったんでしょ?とりあえず座って」



ふわり、と笑うツナに少しだけ肩の力が抜けて、ソファーへと体を沈める。
はい、紅茶、と香りのいい紅茶を淹れてくれて、ありがとう、と笑った途端にはらり、と涙が零れた。
突然泣き出した私にツナは一瞬、目を見開いたけど、何もいわずにハンカチを差し出してくれた。
その優しさが嬉しくて、ハンカチを受け取ると止まらない涙を一生懸命止めようとした。



「…私…恭弥に、ふられる、かも…」

「え?」

「…今日…見ちゃったんだ。かわいい女の子と恭弥がデートしてるところ」

「…本当に雲雀さん?間違いないの?」



珍しく眉をぎゅっと顰めるツナに「目があって、逃げたら追いかけてきてくれた」と笑って返す。
…でも本当は笑えるほど強くなくて、ぎりぎりと心臓が音を立てた。



「…誰か、聞いたの?」

「ううん…聞けなかった」

「どうして?聞いてみたらよかったのに。あの人は誰?浮気?って」

「…っ浮気だって、知りたくなかったから」



自分が傷つきたくなかった。
浮気なんかじゃない、本気だ、なんて言われた暁には立ち直れないのはわかっていた。

だから、逃げたんだ。自分から…恭弥から。事実から。



「怖いよ…恭弥に、ふられるの…私…っだって…」

「…まだ、好きなんだね」



悲しそうに呟かれた言葉に、…私は何も言わずに首を縦に振った。

…そうだ、好きなんだ。私は…恭弥のことが、大好きで、…諦められない。
恭弥がほかの人が好きだと言っても…私は、恭弥のことが好き。



「ならさ、…やるべきことは一つだよ」

「え…?」


ツナは私の頬に流れる涙を優しくぬぐうと、包み込むような笑みを浮かべた。


「ぶつけておいで、本当の気持ち。喧嘩になってもいいんだ。…自分の気持ち飲み込んで、押し殺して過ごすくらいなら……喧嘩したほうがいい」

「…嫌われない?」

「さぁ、それはわかんない」

「え…!!」

「でも、それで嫌われたらそれまで。…大丈夫だよ、雲雀さんなら受け止めてくれる」



わかってるはずだよ、と優しく諭されて、軽く唇をかむ。

…わかってる。恭弥がそれくらいで私を嫌いになるはずがない。
不安はぬぐえないけれど……ツナの言葉は、どこまでも私の心にしっくりと、きた。



「…ありがとう、ツナ。ちょっと行ってくる!」

「うん。もしふられたら俺のところにおいで?俺だったら姫のこと泣かさないから」

「ふふ、ありがとう、ツナ!勇気もらえた!」



ツナの軽口に笑みをこぼして、私は走り出す。
その足は、…先ほどより一段と軽くなっていた。




「…冗談じゃないんだけどね。うまくいかないといいなぁ…とか思っちゃう自分小さー」

なんて、ツナが苦笑していたことも知らず。











姫に見られたことがショックで、あの子と一緒にいる気にもなれず、そのまま風紀の部屋へと帰る。
姫がいるんじゃないか、とかすかな希望をもって帰ったが、そこには姫の姿はない。

…まさか、このまま、帰らない、とか……

っ、そんなのいやだ。絶対に姫と離れない。姫が離れたいと言っても離すものか。
とにかく姫を探しに行こう。誤解だ、僕が好きなのは姫だけだと言いに行こう。

そう決めて、歩き出した途端、恭弥!と呼ばれて慌てて振り向けば、珍しく息を切らせた姫が立っていた。



「恭弥っ…!私…っ…ずっとかっこつけてた!」

「え…?」

「ほ、本当は…っ女の子と二人で歩くのは、私とだけじゃないと嫌!わがままを聞いてくれるのも、私だけの特権がいい!…っ恭弥が笑顔を向けてくれる女の子は、私だけがいいし…っもっと…もっと、一緒にいたい…!」

「……っ」

「恭弥に嫌われたらどうしようって…束縛は嫌だって、…っ鬱陶しいって思われたらどうしようって…怖くて、言えなかった…っ!」

「姫、」

「大好きだよ、恭弥…っだから、私と別れるなんて、言わないで…っ!」

「姫!」



たまらなかった。

震えるほどの歓喜が僕の体を駆け巡り、思わず泣きじゃくる姫の体を強く抱きしめていた。

姫はいつだって、何でも受け止めてくれている、と思っていた。…でも、それは勘違いだった。
姫は僕のために我慢して、背伸びして、かっこつけて……僕を甘やかしてくれていた。

その愛情がたまらなく嬉しくて、…不謹慎にも、もっと、…もっと、聞きたいと思ってしまった。

でも、姫が別れの言葉を口にしたから、もうこれ以上は聞きたくなくて、抱きしめることでその言葉をふさぐ。
きょうや、と舌足らずに僕の名前を呼ぶから、そっと体を離して姫の顔を見つめる。


――あぁ、たくさん泣かせてしまった。

赤くはれた目が痛々しくて、…いとおしかった。
そっと腫れた目を撫でると、姫は嬉しそうに目を細める。
そのしぐさもかわいくて……どこか色香を感じさせて、どきりとさせる。

こんなにもかわいい彼女を、手放すわけがない。



「不安にさせて…ごめん。あの女はただお礼がしたいってしつこく言われただけなんだ。
僕がかわいいと思うのも、一緒にいて楽しいと思うのも…わがままを叶えたいって思うのも、姫だけだよ」

「…ほんと?」

「本当。なんなら、君の好きなところ、言っていこうか?」

「…う、…ちょっと…聞きたい、かも」

「(今日はやけに素直だな)そういう素直なところ、かわいくて好き。
普段、しっかりしてそうで、少し抜けてるところが好き。
笑った顔が好き。あぁ、ヒバードに向ける優しい顔も好き。…僕にも向けてほしいっていつも思ってる。それに、」

「ご、ごめん、聞きたいと言った手前言いづらいんだけど、恥ずかしいからストップ…!!」

「もういいの?まだいっぱいあるよ?」

「もういい!!もう十分!!」

「あ、あと一つ言わせて」

「もういいよーっ」

「そうやって照れ屋な姫が、大好きだよ」



普段、絶対に言わない、…好きという言葉。

姫もそれをわかっているから、驚いたように目を丸くして僕をまじまじと見つめる。
その顔もかわいくて、…いじわるしたくなって、軽くキスすれば今度こそ姫の顔は真っ赤に染まった。
恭弥ずるい、と呟いた姫に小さく笑みを浮かべると、姫も優しく笑ってくれる。




「…ツナに、お礼を言わなくちゃ」

「は?何で沢田?」

「背中押してもらったから」

「…行かなくていいよ」

「え?なんで?」

「君が男二人で会うなんていや」



僕の本心に姫は顔を赤くして、うつむき、…じゃあハルちゃんたちと一緒に行くね、とはにかむ。
いやそういう問題じゃないんだけど、とも思ったが、律儀な姫のことだ、行くのだろう。
しょうがないな、と小さく苦笑して、再び姫を自分の腕の中に閉じ込める。

やっぱり、僕の彼女が、




世界で一番好き



ー後日ー

「沢田、今回のことは礼を言うよ」

「あ、うまくいったんですか。…ち、」

「何その舌打ち」

「いや?この機に別れてくれないかなーあわよくばオレに振り向いてくれないかなーとか思ってただけです」

「…君、性格悪いよ」

「へぇ?姫を不安にさせておいてそんなこと言っちゃいます?オレがあの時背中を押さず、強引に振り向かせることだってできたんですよ?」

「それをしなかったのは、姫に後悔させないためだろ。…どこまで好きなの、姫のこと。お人よしにもほどがあるよ」

「……俺が一番わかってますよ。そんなこと」


でも、好きな子の幸せを願わない男はいないんですよ。

そう言った沢田は、どこまでも大空の似合う笑みを浮かべた。

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