せめて、今だけは。



「大好き、姫。結婚して」




にっこり、と完璧な笑顔を浮かべた沢田綱吉に私の全身に思わず鳥肌がたった。

こ の 人 い ま な ん て ?


私の耳の調子が悪かったのか、大好きだの(これは常日頃から言われてるから百歩譲っていつも通りとしよう)結婚してだの聞こえた気がした。
まさかこのドン・ボンゴレは頭のネジをどこかに置いてきたのだろうか。例えばお母さんのお腹の中とか。

内心ドン引きしている私はそんなこと表面には一切出さずににっこり、と完璧な笑みで返しながらスルーという選択肢をとった。



「今の笑顔は承諾って考えていいんだよね?」

「ばかなこと言ってる暇があったら目の前の書類を一枚でも多く終わらせたらいかがでしょうか、ボス」

「ばかなことじゃなくて真面目なことだから大丈夫」

「大丈夫ではありません。その書類、今日中に終わらせなければ今度こそ私は秘書を辞めさせて頂きます」

「死ぬ気でします」



すごい集中力を発揮させて目の前の書類をさばいていく綱吉様にようやくか、と呆れのため息をつく。
全く、最初からその集中力でやればこんなにも溜まることはないのに。

綱吉様のペースに合わせて私も仕事効率を上げていくとようやく今日中に終わらなければならない書類が終わった。

後は綱吉様のサインだけだというところまでいくと私は備え付けのキッチンで綱吉様が気に入ってらっしゃる紅茶をいれる。
香りのいいこの紅茶は味にうるさい綱吉様を唯一納得させた茶葉なのだ。

カートに乗せて運ぶと丁度綱吉様も終わられたようでぐっと背伸びをされていた。
紅茶をいれた私に気がつくと「ありがとう」と柔らかな笑みを浮かべて立ち上がる。

いつものようにソファーのテーブルに紅茶をおくと綱吉様は嬉しそうな笑みを浮かべてカップに手をつけると、隣をポンポンと軽く叩いた。

そんな綱吉様に小さく困ったように、でもどこか嬉しそうに笑うと人一人分の間隔をあけて同じソファーに座った。
そんな私に綱吉様は笑ったけど、深い意味はないとばかりに自分にも紅茶をいれる。



「相変わらず、素直じゃないな。まぁそこが可愛いんだけど」

「私は自分に可愛いの要素を全く見いだせないですよ」

「うん、姫はそれでいいんだよ」

「…左様ですか」




あまり納得はいかなかったが、あまりにも優しい目で言われてしまったから、そうとしか返せず。
そんな私に綱吉様はやっぱり優しい笑顔のまま、真っすぐ私を見つめていた。




「姫はそのまま、俺の隣にいてくれたら、それでいい」




−−−私がもっと夢見る少女ならば、あなたのその言葉に幸せを感じれたのだろうか。

今の時代、厳格な身分なんてないがそれなりの社会的な身分があることくらいちゃんとわかっているつもりだ。
世界でもトップレベルの財力と規模を誇るボンゴレファミリーのボスとただの秘書が釣り合うはずがない。
ましてや結婚なんてできるはずがないんだ。

綱吉様はいつか有名なファミリーのお嬢様とご結婚されるのだろう。
いくら綱吉様が私に好意があり、…私も綱吉様に好意を持っていたとしてもそれが認められることはないことくらい理解している。


……だから、だから今だけは。




「そのようなお言葉を頂けて、秘書として幸せにございます」




そんな言葉で曖昧にすることを許してほしい。

私の言葉に苦笑した綱吉様に私は小さく胸を痛ませたのだった。




せめて、今だけは。

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