12.5



神田から教えてもらった携帯番号を見つめながら姫は一人で唸っていた。
その画面はあと『発信』のボタンを押すだけになっている。…が、しかし、そこから動くことがない。



「で、電話していいかなっ…でも、もしかしたら今忙しいかも……あ、あと10分後に電話しよう…!…あぁでも9時過ぎだと遅すぎるかな!?…じゃあ今!?今電話っ…あぁでも今忙しいかもしれないし、」



ループである。

しかし悲しきかな。一人暮らしの部屋で唸る姫につっこむ人間はいない。
どうしよう、と再びただ単にボタンを一つ押す行為を躊躇う姫はごろごろとベッドの上を転がりまわった。



「…いきなり電話したら驚かれるかな…『教えたばっかりですぐ電話してくるのかよ!!軽い女だな!!』とか思われるのかも…!!
うざいとか重いとか思われたりして…き、きもいとか思われたらさすがに立ち直れない…!……うん、やっぱりやめよう。今日じゃなくて明日電話する!!よし!そうしよう!!」


はーすっきり、なんて笑って携帯を手放した瞬間、ブルルル、と携帯が震える。
誰よ一体、と離したばかりの携帯の画面を見た。



「…っ!!!」



画面には今日登録したばかりなのに何度も見つめた番号。
そして、さきほどようやく踏ん切りがついたはずの番号。

―――神田からだった。


気付いた時には素早く携帯を持ち直し、ベッドに正座して、あれだけ押すことを躊躇っていたはずのボタンを押していた。



「はいっ!!もしもしっ…」

「……、…神田だ」

「こ、こんばんはっ…先ほどはありがとうございました!!」



あまりの緊張に声が震える。上擦る。大きな声で話してしまう。
あぁもう恥ずかしい。このままじゃだめだ。
ていうかこの話し方ではまるで上司に話すような口ぶりではないか。

落ち着け、と小さく息を吐いて低くて優しい神田の声に耳を澄ませる。



「明日、喫茶店開いてるか?」

「はい。開いてます」

「明日、行く」

「お待ちしてます」

「………」

「……?」

「……、…」

「………(な、何か話した方がいいのかな?)」

「………」

「………(うぅう…な、なんて話しかけたら!?)」

「………」

「……っ(うーんと、だから、その、えっと、…あ!)」

「「あの」」

「…っ!悪い、なんだ?」

「い、いえ!!こちらこそ!あの、神田さんから話してください!」

「いや、お前から」

「そんな、私はいいんです。神田さんから、」

「…ふ、」

「え…」



笑った。神田さんが。あまり表情を変えることのない神田さんが。
あまりにも珍しいことに姫は思わず言葉を詰まらせる。



「何話してんだろうな、俺たち。互いに黙りあったかと思えば譲り合って…」

「…ふふ、本当ですね…」

「…で、お前の話は何だ?」

「……今度…いつ、護身術を教えていただけますか?」



心臓がうるさい。…痛いくらいに、高鳴っていた。
あぁ、私緊張しているんだ。神田さんに会う約束を自分から切り出しているのだから。

断れたら、…本気にしていたのかと笑われたら、どうしよう、と…少しだけ怖くなった。



「…15時から17時ならいつでもいい」

「あ…なら、明後日…いいですか…?」

「あぁ。わかった」

「ありがとうございます。…あの、神田さんのお話は…?」

「あぁ、オレも同じことを聞きたかった」

「…そう、ですか…」

「…、…また、明日な」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみ」



…夢を見ているようだった。短い時間の…幸せな時間。
しばらくぎゅっと携帯を握り締めていたが、ぼふん、と音を立てて布団の中に身を投げる。
じわじわと幸せが襲ってきて…嬉しさがこみ上げて、声にならない叫び声をあげながら再び布団を転げまわる。

…先ほどとは打って変わって、幸せのあまりに。



「……また…電話できるといいな…」


そう、幸せそうに呟いて。













―――数分前に遡る。


「……おーい、神田ー何してんだよ」

「…………」



ずっと正座して携帯を睨む神田にティキは怪訝そうな顔をする。
かれこれ3時間はそうしている。足は痺れないのか、と違うことを心配するほどその姿が飽きてきた。
おーい、と呼びかけても微動だにしない。ただじっと携帯を見つめるばかり。



「一体何を見つめてるんだよ」

「………」

「…ん?誰かに電話したいのか?」

「っおい!勝手に見るな!!」

「うお!初めて言葉を発したな!!」

「返せ!」

「はいはい、わかりましたっと…あ、悪い、」

「あ?」



にやり、とティキは笑みを浮かべる。

今までの中で一番、悪い笑顔を。



「押しちゃった」

「…っ!!!」



慌てて神田は携帯の画面を見やる。そこには発信中の文字。
てめえふざけんなよ!!!と怒鳴り散らしたかったが、如何せん時すでに遅し。
神田は叫びたいのを我慢して、携帯を耳にあてるとせめてティキの前で話したくないと神田は部屋を出ていく。
そんな神田の姿をけらけら笑いながらティキは「いってらっしゃーい」と見送る。


…数分後、六幻で斬りつけられながら追っかけまわされているティキがいたとか、いなかったとか。


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