慣れない空気に眠りが浅く、何度も起きたり寝たりを繰り返してしまった。
日もあがってきた頃、ある部屋の横を過ぎていくと柔らかな声が聞こえてくる。

―――桂姫、桂さんの娘で人斬りでもある人。

黒に藍色を混ぜたような髪を高く結い上げ、白い結い紐で結んでいた。
肌は一度も日に当たったことはないのではないほど白く、何処か甘い香りを纏った人だった。
優しく微笑みかける様子は何故か桜を連想させて、柔らかな声でオレの名前を呼んだ。

―――本当に人斬りをしているのか、とやはり言いたくなった。


襖を挟んで奥から聞こえてくる会話は患者や薬の名前など医者のような内容。
彼女は人斬りのはずなのに…会話があまりにも専門的すぎる。
どういうことか、と頭の片隅で考えていると突然隔てていたはずの襖が開かれた。




「…っ!」

「わっ!…びっくりしたー気配がなかったから気づかなかったわ」

「…いや、すまない、オレは、」

「どうしたの?怪我でもした?」




血の匂いはしないけど、と怪我を心配する彼女。
…盗み聞きされていたとは思わないのだろうか。
よく考えればオレの行動はただの盗聴だ。しかも女子の会話を、だ。
下手をしたら変態呼ばわりされてもおかしくないのだが、彼女はそんな選択肢自体がないらしい。

焦りでばくばくと嫌な音をたてる心臓を宥めて辛うじて声を絞り出すことができた。




「…何処かに行くのか?」

「えぇ、診察にね。…そうだ!あなたもくる?」




情報収集もかねて、と言われると仕事のことが頭を掠めて思わず頷いてしまった。
オレの頷きに彼女は嬉しそうに笑うと「じゃあ行きましょ!」と足取り軽く歩き出したのだった。


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