彼女はオレが今まで会った人の中で一番笑って、一番…明るく、優しい人間だと思った。
どうやら本業は医者らしく、足の悪いご老人の家などに時々回っていくらしい。
たまにお菓子などを頂きながら家を回っているのをオレはただ黙ってついていった。




「姫先生、いつもおおきに、ありがとうございます」

「いえいえ、それよりもどうです?最近―――新撰組は」

「……!」

「えぇ、相変わらず仰山おられますわ。全く…物騒で怖くて眠れません」

「本当に。最近よくこの辺を見回っているようですね。何かあったのかしら」

「さぁ…噂では攘夷志士がこの辺りに潜んでいるからそれを探してはるらしいけれど…」

「わかりませんわね、壬生の狼のすることは」




先生も気を付けはってね、という言葉に笑顔で大丈夫です、と返す彼女がオレに「情報収集だ」と言った意味がこの時漸くわかった。

―――患者との何気ない会話でオレ達とは敵対している新撰組の動きを掴んでいるんだ。

さっきこの辺りに新撰組が多く来るようになった、と言っていた。
…オレ達が潜んでいる宿からはここは距離がある。
と、いうことは他の攘夷志士が潜んでいるのだろう。
彼女はそれに心当たりがあるのだろうか……

そんなことを考えているうちに診察は終わったらしく彼女は再び笑顔で患者にまた来ると言って部屋から出ていた。
オレも彼女に則り、軽く頭を下げてその家を出たのだった。




「…姫、さっきの会話は、」

「あ、初めて私の名前を呼んだわね!」




にっこりと嬉しそうに笑う姫にそういえば、と今更ながらに思う。
別に意図して呼ばなかったわけじゃなかったのだが…

って、話が逸れてないか?




「呼ぶ機会がなかっただけだ。それよりさっきの会話だが…」

「言ったでしょ?情報収集だって。
私は普段医者として働いてるんだけど、患者さんと話してたら自然に話題にのぼるのよ。
―――今の京都は今や時代がどう転ぶのか見極める一番の材料となっているから」




先ほどの明るい笑顔とは一転、ピンっと糸を張ったような真剣な顔。
からん、ころん、と下駄を響かせながら歩き出した。
…この人はあんなに柔らかに笑うのに、本当に人斬りなのだと実感する。
二人並んで歩き、視線が前にありながらも会話を続けた。




「……新撰組が動くことに心当たりは?」

「あるといえばあるけど…彼処は私達と同盟を組んでいない過激派だからね。
さっきの患者さんの娘さんが山崎さんを見たと言ってたから近々新撰組が動くことになると思うわ」

「山崎?」

「新撰組の隠密、ってところよ。…さてと!」




先ほどの空気とはまた一転。
柔らかな空気に戻った姫は急にオレと視線を合わせる。
どこか悪戯っ子のような色を含んだ彼女の目がきらり、と光った。




「疲れたし、甘味屋に行きましょ!」

「え」

「早く早く!彼処の店の団子は天下一品なのよー」




ふわり、と笑って店に入っていく姫の後ろ姿を見ながら小さく呟く。

不思議な人だ、と。

こうやって振り回されているのを不快に思わないのだから。

- 3 -

*前次#


ページ:


back
ALICE+