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さく、さく、と進んで神谷道場の前に立つ。
意外と大きな門構えに多少驚きつつも扉を開いた。

中には道場が広がっていて、中庭には女性が箒を持って掃いていた。
私の存在に気づくと少し怪訝そうな顔。
そんなに怪しいものではない、とばかりに小さく笑顔を向けると彼女が少しだけ肩の力を抜いたのがわかった。




「ここの主はいらっしゃいますか?」

「失礼ですけど、あなたは?」

「姫と申します。近くで医師をしております」

「お医者さん…?あの、どうされました?」

「えぇ、実は、」




高荷さんに会いにきたのですが、と続けるつもりだった。

笑顔を、保てるはずだった。




「どうしたでござるか?薫殿」




その懐かしい、ずっと探していた人の声を聞くまでは。




「剣心!お客様がいらっしゃってて…」

「客人でござるか。どなたで…」



「ーーー失礼します」





どうやら帰ってきたらしい剣心はすぐ後ろにいた。
剣心の視線が私に向く前に私は薫さんに頭を下げて顔が見えないように俯き、踵を返す。

「え、ちょっと!」と慌てたように私を呼び止める薫さんには悪いが私は今逃げることで精一杯だった。
おろ、と小さく溢したあなたの戸惑った声。

言葉遣いも変わって、声の優しさも変わった剣心。


ーーーあなたはもう、私の知ってる剣心じゃない。
こんなに優しい声のあなたを、私は知らない。
きっと薫さんは剣心にとって大切な人なのだろう。
巴さんのことが頭を過ったが、あれから10年……色々あって当たり前なんだ。
きっとあの頃の巴さんのように薫さんが大切なんだろう。

幸せを手にしたあなたを邪魔するようなことをしたくない。



だから、さようなら。



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