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隣を過ぎた彼女に拙者は動くことを忘れていた。
豆腐を買いに少し出ていれば、知らない女性の背が見える。
誰でござろう、と首を捻りながら話している薫殿の表情から悪い人ではないのだろうと推測する。
どうしたのか、と声をかければ薫殿は安心したように笑って事情を説明しようとした、が。
「失礼します」
そう固い声で突然彼女は頭を下げた。
あまりに唐突すぎて、思わず「おろ?」と洩らしてしまったが彼女の雰囲気は変わることはなく、すぐに踵を返して拙者の横を通りすぎていった。
「ーーー!」
ふわり。
微かに香る、甘い…桜を思わせる香。
自分が恋い焦がれていた、香り。
ーーー彼女と同じ、香。
それだけなのに、動けなかった。
同じ香りなんていくらでもある。
桜なんて珍しくない、のに。
思い出してしまった。
ーーーもう彼女はこの世にいないはずなのに。
確かに背格好は似ていた。
けれど、姫は腰まである長い髪だったが先ほどの彼女は肩につかないくらいの短さ。
願掛けで髪を伸ばしていると言っていた彼女が簡単に切るとは思えない。
…あぁ、拙者は何を考えているのだろう。
これではまるで彼女が姫ではないかと考えているみたいじゃないか。
姫は、…死んだ、のに。
「…剣心?」
戸惑ったような薫殿の声にハッとする。
あぁ、いけない。そんな心配そうな顔をさせるつもりはなかったのに。
「…さっきの女性は…?」
「お医者さんで何か用件があったみたいなんだけど…」
「医者…」
どこまで一緒なんだ、と笑いたくなる。
まるで姫の生まれ変わりみたいだ。
乱れる気持ちを必死に抑えてにこり、と笑いかける。
「用があるならまた来るでござるよ」
「そうよね」
「さ、中に入ろう」
さりげなく促して拙者も中に入る。
…少しだけ心には彼女を残しながら。
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